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スレッドNo.5222

我らのボール  温泉郷

台風一過の海岸
大きな波がせり上がっては
浜に広がり
ひいてはまた
せり上がる
せり上がった波の腹は
濃緑の鏡面のように
ツルツルに輝いている

台無しになった旅行
ぼくと弟とK君は
無言で波を見ていた
風はまだ強い

弟がどこからか
少し空気の抜けた
黄色いゴムボールを見つけてきて
せり上がった波の鏡面に投げつけ
崩れる波より先に逃げてきた

ボールは波に飲み込まれて
消えてしまったが
浜に広がった水の中から
また ポツンと現れた

今後はぼくが
ボールを拾って
引いていく水を追い
波がせり上がるのを待って
鏡面に投げつけて逃げた
ボールはやっぱり戻ってきた

野球少年のK君も
早い球を投げつけて逃げた
ボールはやっぱり帰ってきた

弟、ぼく、K君の順に
ボールを波に投げつけては逃げた
その度にボールは帰ってきた

いつしか
黄色のボールは
「我らのボール」と名付けられた

波がせり上がるタイミングは
もう僕らにはお手のものだ
我らのボールは
必ず帰ってくるのだ

弟がK君のように
速い球を投げようとした
ああ!
ボールはわずかに高く
波頭をかすめて後ろへいった
ボールは沖へ沖へと流されていく

弟は泣き出しそうな顔をした
ほくは 弟に何か言いたかったが
何も言わなかった
K君も何も言わなかった

我らのボールは
濃緑の海を沖へと渡っていく
黄色い点が海面を滑り
うねりの影に消えていく

弟はしばらくして
「ごめん」と言った

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