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スレッドNo.5231

妄想の海リメイク  相野零次

男は今日も妄想の海へ潜る
男の日々の目標であった
最初は潜ることがほとんどできずに
浮かび上がってしまっていた
男は水面を立ち泳ぎして深呼吸をし
頭から海へ入った
足を上にして
ドルフィンキックで潜っていく
様々な光景が見える
最初は今日の光景だ
やがて昨日、そのまた昨日の光景が
その先は少しずつ闇に包まれていく
深い海の底へと向かう途中 周りにはさまざまなものが
ぼんやりと光っていた
魚だけでなく人間もいれば犬や猫がいる
猿や鹿など他の動物もいる
大きなキリンやゾウがいたりもする
建物が見える
家やビル
機械が見える
車や飛行機
妄想の海には
さまざまな役割を宿した
仲間と呼べるものたちが無数に存在した
男は人間のサラリーマンとしての役割を背負っていた
その役割があるからこそ
潜っていれるのだ
役割が無ければ彼らや彼女らは潜っていけない
すぐに浮かび上がってしまう
それぞれの役割の大きさに応じて
潜れる深さも決まるようであった
そして
それらはさまざまな色で光っていた
白、黄、オレンジ、青、緑、
虹のような光も見えた
幻想的な光景であった
かと思えば
闇に包まれた死体や機体の残骸も見えた
生の役割を終えたものたちであった
徐々に男の身体にかかる抵抗が強くなっていく
息が苦しくなる
今日はここら辺りが限界か
男はさらに潜ろうとしたが
身体がいうことを聞いてくれなかった
男は自分の現在の役割の深さがここまでだ
ということを自覚しながら
今度はゆっくりと浮かび始めた
無理はいけない
無理をしすぎたり
大きな失敗をしてしまえば
志半ばにして死を迎えてしまうこともある
それは一概に悲劇と呼べるものばかりでない
ある一定の役割を終えた
または天寿を全うしたものもいる
ときおり死体に近づいて観察すると
まだ若い同じようなサラリーマンの無残な姿……おそらく自 殺か事故にちがいない……や、安らかに永久(とこしえ)の眠りにつく老人の姿もあった
それは他の動物や機械たちにも見て取れた
ゆっくり潜ってときに浮かび上がってそれらの光景を観察するのも楽しみであった
今日や昨日、最近の出来事もあれば
数週間前や何年も前のこともあった
かと思えば
常識では考えられない不可思議な光景も見えた
頭が猿やイノシシの人間が大勢で踊っていたり
羽根の生えた車や足の生えた飛行機が飛び交っていたり
それは俗にいう夢というものであった
妄想の海の中で起こるさまざまな出来事に飽きることはなかった
男はいつまでもこの光景に微睡んでいたかった
しかしそうもいかない
身体は徐々に浮かんでいく
周り全体が少しずつ明るくなっていく
覚醒のときが近づいているのだ
男は歯がゆかった
しかしもう一度潜ろうとしても
体力も肺に残る酸素も限界であった
男は浮かび上がりながら
明日の仕事のことを考えた
明日は大事な取引がある
これを成功させれば
もっと深く潜れるようになれるかもしれない
潜った底には何があるのだろう
初めての妻との子を授かったときのことを思い出した
それは結婚して子作りに励んでいるころだった
潜っている最中
ひときわ輝く光の球が見えて
いったい何だろうとそちらへ向かった
すると妻がかわいらしい男の子を抱いていたのだった
それは 後に現実となったのだ
男はそれを見つけたときの喜びを今でも覚えている
その光に包まれた思い出は今でも
かけがえのない宝物だ
さながらそれは大きな真珠の珠として扱うことができた
妄想の海のなかで
好きな時に取り出すことができた
男は潜ることに疲れたときは
それらを取り出してゆっくりと眺めて楽しんだ
今日は大事な取引の最中ということもあって
潜ることに集中していた
取引が成功すればまた大きな真珠を手に入れることができるにちがいない
その光景を思い浮かべ男ははにかんだ
男は他にも想い出という名の真珠をたくさん持っていた
まだだ
まだまだこんなものじゃ俺は満足しないぞ
男の最終的な目標はこの妄想の海の一番底
すなわち海底であった
果たしてそんなものが存在するのであろうか
かつて目指したものたちがいるのであろうか
男はまだ若く野心と生きがいに溢れていた
その資格があるともいえた
男の鍛え上げられた肉体が
水面へと浮かんでいく
淡い光が徐々に強くなり
覚醒のときが近づく
全ての生きとし生けるものはもちろん
無生物すらも妄想の海を持っている
自らの役割を果たす為に
自らの思い出を掴み取るために
日々妄想の海の底を目指すのだ

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