一枚の写真 小林大鬼
ここに一枚の写真がある
古い写真にはぎこちない兄と
にこやかな弟二人が写っている
久しぶりに香取神宮に訪れたのは
寒さ和らぐ令和七年巳年の如月
参拝の後に境内から外れた
古ぼけた茶屋に私はいる
隙間風が入る窓側の席に私は座る
後ろには年老いた夫婦が
派遣社員の息子の愚痴を聞いている
古い写真の中の私は
大学を卒業した翌年に派遣仕事を首になり
弟は一浪して滑り止めの大学に合格して
私も同じようなものだっだが
初めて香取神宮に来たのは
桜咲く平成十一年卯年の卯月
不器用な息子二人を
母が収めた一枚の写真
私は当時の母と同じ年齢になり
同じ写真を一人で撮る
忙しく共働きだった母はどんな思いで
不憫な二人の写真を撮ったのだろう
帰り際に一人切り盛りする店の主人と
その頃の話を懐かしく語り合う
手作りの素朴な甘酒と御団子は
昔のままに甘さも味も控えめだった
忘れかけた茶屋は
朽ちて寂れて色褪せて
疎らに客が来るばかり…
一枚の古い写真に
歳月を深く刻んだ年輪のような
奥座敷だけが時が止まって残っていた