MENU
1,158,181

スレッドNo.5246

一枚の写真   小林大鬼

ここに一枚の写真がある

古い写真にはぎこちない兄と
にこやかな弟二人が写っている


久しぶりに香取神宮に訪れたのは
寒さ和らぐ令和七年巳年の如月

参拝の後に境内から外れた
古ぼけた茶屋に私はいる

隙間風が入る窓側の席に私は座る

後ろには年老いた夫婦が
派遣社員の息子の愚痴を聞いている


古い写真の中の私は
大学を卒業した翌年に派遣仕事を首になり
弟は一浪して滑り止めの大学に合格して
私も同じようなものだっだが


初めて香取神宮に来たのは
桜咲く平成十一年卯年の卯月

不器用な息子二人を
母が収めた一枚の写真

私は当時の母と同じ年齢になり
同じ写真を一人で撮る

忙しく共働きだった母はどんな思いで
不憫な二人の写真を撮ったのだろう


帰り際に一人切り盛りする店の主人と
その頃の話を懐かしく語り合う

手作りの素朴な甘酒と御団子は
昔のままに甘さも味も控えめだった

忘れかけた茶屋は
朽ちて寂れて色褪せて
疎らに客が来るばかり…


一枚の古い写真に
歳月を深く刻んだ年輪のような
奥座敷だけが時が止まって残っていた

編集・削除(編集済: 2025年03月04日 22:00)

ロケットBBS

Page Top