約束の小指 佐々木 礫
「約束だよ」
僕らは小指を結び
あの子は笑っていた
僕もそれが嬉しかった
しかし今や
何の約束かも忘れたのに
それを反故にしても許される方法ばかり考えている
六畳一間のワンルームの
小さなキッチンスペース
小蝿の飛ぶ蛍光灯の下で
約束の小指をまな板に置き
包丁を持って目を瞑れば
あの子の笑う声が聞こえる
(ゆーびきーりげーんまん)
小指の第一関節に
包丁を叩きつける
小魚を捌く料理人
(ウソついたらはーりせんぼんのーます)
下手くそな手つき
さらに一振り
包丁を叩きつける
(ゆーびきった)
切り落とした小指の先端
樹脂の様な爪を引き剝がし
指紋を舌でざらりと撫でる
そして肉を噛む
グミのような弾力
さらに噛む
歯に跳ね返る固さ
骨はひび割れ
ぽきり
砕ける
細かな欠片が舌に散り
血で温まった口の中に
疎な冷たさが感じられる
二、三、咀嚼して、
嚥下する時に感じたのは
爪の無い指が喉を引っ掻く
痛みのない不快感
生涯手の届かない
遠い温もりと優雅な愛情
その不獲得性を誤魔化すための儀式
まるで約束をしたようで
まるで意義深い行為のようで
救われるのでは無いかと期待した…