音のしない羽音 もりた りの
夜明けの神社の参道をゆく
石畳の真ん中に仰向けの蝉
暑い夏を命一杯生き切った
お疲れさまでした
ティッシュに包もうと
触った瞬間
力を振り絞り低空飛行で
樹の茂みに消えていった
つぎの蝉
また生き返り地面にぶつかり
羽をこすらせて消えていった
静かに茂みのなかへ
たくさんの蝉たちが
最期の力を振り絞り
自分が蝉かも分からずに
鳴き声もなく飛んで行く
蝉よ
飛んで行け
どこにでも飛んで行け
見えない世界に飛んで行け
あたりを見渡し
平衡感覚を失う
神社の境内のはず
境内なのか
わたしも
飛んで行け
どこにでも飛んで行け
見えない世界に飛んで行け
力を振り絞っても
どこにも飛べないわたし
生きている世界で
生き切れないわたし
狛犬の足元に黒い塊
無数の蟻に取り囲まれた蝉
茂みに眠らせてあげるのを
思い留まった
この蝉になろう
いつまでもここに留まって
蟻に食まれながら
わたしは崩れていく
崩れていけるなら
それもいいかも
消えてなくなるなら
それもいいかも
わたしの姿がなくなり
黒い蟻が散らばり
影もなく音もなく霧散する
それがいいかも