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スレッドNo.5358

吠える先生  温泉郷

先生から連絡が来なくなって
しばらくして
ご家族から連絡があり
先生が難病で入院したことを知る
意識は清明でも
ご自分では意思疎通が難しく
ご家族に連絡をしてもらっている

面会謝絶ではないが
ご自分のお考えで
誰にも会わないことにされた
「ごくごく親しい人」
「どうしても仕事上の連絡が必要な人」
そのわずかな人だけが
電話での会話を許された

わたしはご家族に電話をして
用件を伝えて
先生に取り次いでいただくことをお願いした
先生はメールを使われないので
直接お話ししなければならなかった

ご家族は先生がお話しできる時間が分かれば
わたしに伝えてくださるといった
わたしは待った
ご家族から連絡があり
申し訳ないがしばらく待ってほしいという
わたしは待った
わたしは「ごくごく親しい人」ではなく
「どうしても仕事上の連絡が必要な人」
として待った

ご家族から電話でお話しできる日時が指定され
わたしは電話を掛けた
ご家族が「しばらくお待ちください」と言ってから
何分かして先生が電話口に出られた

わたしはご挨拶やお身体についての話は辞めて
用件だけを伝えて
先生のご意見をお伺いし
ご了解を得ようとした

先生はお返事をされたのだが
わたしにはよく聞き取れなかった
その声は絞り出されていた
吠えるように震えて
わたしには聞き取れなかった

あの明晰な先生の話しぶりを想いだし
聞き返すことができなかった
「ありがとうございました」と大きな声で言って
先生がうなずく気配を確認して
用件を終えた
最後の電話を切った

わたしは仕事に支障を生じまいとしたが
仕事などどうでもよかった
わたしが困ればいいことだった

ご家族は 先生を守っていた
先生は  自分を守っていた
先生にとってわたしは
「どうしても対処しなければならない他人」であった
わたしは先生の
あの吠えるような声を聞いて
それを知った

だから
わたしは今
あの電話を掛けたことを
とても後悔している
先生の最後の数分を奪ったことを
とても後悔している
先生に吠えるように声を振り絞らせたことを
とても後悔している

編集・削除(編集済: 2025年03月20日 10:17)

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