桜トンネル 上田一眞
故郷の生家
その西側の道に沿って咲く染井吉野
十本にも満たないが
桜トンネルを形づくって
薄桃色の花びらが風に舞う
散り始めた桜を
わが家の二階から愛でていると
花道を幼馴染のこうちゃんが走る
その弟 ゆうちゃんが
一番下の妹 みきちゃんが風車を持って
待ってよお〜
と言いながら追いかけている
三軒隣 桜トンネル出口にある
駄菓子屋の三兄弟だ
お母ちゃんが家の前で
蒸した「いぎの葉餅」をせいろに入れて
みんな集まれぇ〜
妹のみいちゃん
従姉のきみちゃんや
こうちゃん達三兄弟も
美味しそうにお餅をほお張っている
満開の花の下
みなそれぞれが桜を見上げ
お餅を食べながら
思案顔
*
五月 卯の花が咲く頃
わが家に一番近い染井吉野の樹に
黒紫の実がなった
店頭に並ぶ
桜桃のような派手さはないが
確かに熟した実
染井吉野のさくらんぼだ
さくらんぼに目がない従姉のきみちゃんは
裏小屋から梯子を持って来て
ぼく さくらんぼ採って来て!
目をキラキラ輝かせて
無理強いに近い
圧力を放出する
やだよ 僕は鈍臭いし 樹登りは苦手じゃ
それに毛虫だらけで刺されるもん
こうちゃんがさっき樹に登って
採っていたからもうないよ!
それでも
きみちゃんは許してくれないので
しかたなく桜の樹にとりついたが
登れば登るほどペキペキ音がしておっかない
柿と同じで
桜の樹は脆く折れやすい
さくらんぼを見つけ
樹の天辺まで登って手にした瞬間
小枝がペキっと折れて
敢なく摺り落ちる
梯子といっしょに地べたに激突
膝小僧を擦りむいてしまった
きみちゃんは
さくらんぼが食べれないから
ふくれっ面
その時
お母ちゃんが家から出て来た
包帯と笊に入れたさくらんぼ
こうちゃんが持って来たらしい
従姉のきみちゃんは
嬉しくて
お母ちゃんの周りをピョンピョン
跳ね回っている
少ないさくらんぼをみなで分けあい
笑顔が弾ける
薫風が
葉桜のトンネルを吹き抜けた
もう少しでここも
蝉しぐれとなる