息子へ まるまる
湯舟は
しばらく体を預けるだけで
私を芯から温めてくれる
時が来ると
ふわっと体のほどける感じ
私は お湯に溶けてしまう
至福
そうか
子どもの頃 父の言ってたのは
このことか
お湯から上がろうとする私に
まだまだ 温まっていないよ
わからなかった
観たいテレビもあったし
もう冷たいところなんてなかった
もしかしたら
子供の体は小さくて
上から下まで温まるのに
父ほどの時間はかからなかったんじゃないかな
でも父にとっては
自分のメモリが 真実
子どもは 合わせるしかなかった
ふとそれを 思い出したのは
近所の小さな交差点
小さかった頃のうちの息子は
横断歩道のずいぶん前で
よいしょ と自転車からわざわざ降りて
青になるのを待っていた
そんなに遠くじゃ人に当たるよ
ぎりぎりまで来ていいんだよ
そのたび降りたら遅くなるよ
そんな言葉をかけていた
何度目かのその時 息子は
ほんの少し声を荒げて
ここから先は 危ないんだよ
坂道になってるんだよ
え そうなの?
確かにあった
横断歩道に差し掛かる所で
ほんのかすかな下りの傾斜
それは小さなキミと自転車にとって
全力で臨む関門だった
キミより力のある私には
まさかそうとは気にも留めずに
自分の正義を振りかざしていた
湯船からあがらせてくれなかった
あの頃の父と 同じだね
ごめんごめん
ひどいお母さん だったね
今さら謝っても もう遅い
これからのキミは
信号を待つ位置を決めるより
もっと大きな岐路に立つ
あの頃私がしたように
押し付けするわけには いかないね
そっと 見守るだけにするよ
自分で決めて進むんだよ
自分を信じて 自分の足で
少しは頼って欲しいけどね