秋の古夢 日向
小さな火の粉が手の甲に口付けをする
ぱちっと音を立てて
空気を恥じらいに染る
いつしか紳士は形をなして
大きなものに手を伸ばす
誰の所有物であったか
空という広大な何かを己のものと定義する
彼の歩みを誰が止められようか
白帝の調べは彼に名を与えた
お空はどこまでも続いている
前に前に進んだところで壁があるわけでもない
後ろに進んだところで
前やも後ろやも教えてくれる本もない
偉大な彼は飽き飽きしていた
人肌は罪深き恋
時計草はあの日の口付けで止まったまま
ぱちぱちばちっと
火の粉が飛ぶ
ぶわりと空にくしゃみした
独りお空にくしゃみした
おっきなお口で歯を見せながら
お空は茜色にかわる
もともと茜色だった気もする
空の色は何色か
目に映る空はいつだって茜色だ
青い空があると
だれが教えてくれるだろうか、
黒い羽が落ちてきた
帰る場所は溶岩か
それとも厚い氷の中か
風は冷えて炎を揺らす
孤独は炎に焼かれてく
蜜の香りがトカゲを煽る
そぞろそぞろな毛が逆立つ
ぱちぱちばちばち燃えている
落ち葉は炎の中で踊る
栄光をかたどった雲は攫われる
傲慢な僕への罰かのように
攫われた雲は僕の罪をかたどる
サラマンダーの焔が雲を吸い込んでいく
ぬくもりは僕を寂しくさせる
炎が僕を包み込んだ
空から僕を守るように
サラマンダーが息を吐く
熱い熱いと泣く少年
熱さはしだいに思い出となる
あの日母がくれた昂揚する心臓
目を閉じて
頬は微かに湿っていた
あたたかさは涙を乾かす
ドライヤーのようなあたたかさ
心地いいあたたかさ
すぅすぅと寝息をたてる
鼻提灯は見えたり消えたり笑ってる
熱さは眼を砂漠にする
水を求めて眠りから体は起こされる
少年はいなかった
代わりに僕がそこにいた
むず痒さが僕を離れない
抱きしめてもらいたい
頭を撫でてもらいたいような
そんなちっぽけなもの
サラマンダーは息を吐く
熱くて溶けしまいそうな
重いようで軽いような
私をあたためてくれる流れ
朝かも夜かも夕方かも分からない
赫く橙と揺れ光る
私を燃やす炎は彼岸花の繭になる
真っ赤な揺籃は私を寝かしつけて
炎の揺れは歌になる
泣きじゃくる子に子守唄を歌うように
かつてすべての空を手に入れた翼が
とんとんと優しく背中を叩く
母の腕の中はあたたかいと知った
ただ淡く哀しく燃える
そこに意味などありはしない
ほのおは揺れる
曖昧に
炎だけが私をおんぶしてくれる
炎は燃える
ときには海に咲き
空を飲み込み
大地に立つ
無邪気で優しい僕の心
太鼓が鳴り止まないかぎり
炎は僕を燃やしつづける