春の海 上田一眞
幽体離脱のごとき わが身は
重力にあらがってふわりと浮かび
時空を彷徨い
いつの間にか
郷里の浜辺に降り立った
*
干潟に夕陽が注ぐ
セピア色に染まる春の海は
寄せる波 返す波に
砂を巻き上げ
波模様をくっきりと刻む
柔らかな浜風が吹き
潮の香が縦横に充つる渚
一番瀬にいるのは誰だろう
水平線を見つめ腰を伸ばす若き父
足もとに
従姉のきみちゃんがちょこんと座り
麦わら帽子を
手で押さえつけている
父は干潟に平鍬を入れて
砂地を掘り起こし
飛び出た車海老を愛用の竹魚籠に
そっと入れる
そして
こぼれ出たバカ貝を拾い集めるきみちゃんの
ぎこちない所作が愛らしい
ほろほろ ほろほろ と
海面に反射し
ふたりの瞼を透過した赤い光が揺らぐ
ちいちい ちいちい と
啼く千鳥の群
喧騒の渚ながらも和む耳目
片口鰯を獲る
いさば船が二艘 沖合いに浮かぶ
暮れなずむ春の日
濃密さが増す大潮の入り江
そして
干鰯(ほしか)の匂いが横溢する
のすたるじっくな浜辺
ああ ここは叔父と姪がともに遊ぶ
豊饒の海
ふたりの桃源郷だ