MENU
1,155,406

スレッドNo.5455

春の海  上田一眞

 幽体離脱のごとき わが身は
 重力にあらがってふわりと浮かび
 時空を彷徨い
 いつの間にか
 郷里の浜辺に降り立った




干潟に夕陽が注ぐ
セピア色に染まる春の海は
寄せる波 返す波に
砂を巻き上げ
波模様をくっきりと刻む

柔らかな浜風が吹き
潮の香が縦横に充つる渚
一番瀬にいるのは誰だろう

水平線を見つめ腰を伸ばす若き父
足もとに
従姉のきみちゃんがちょこんと座り
麦わら帽子を
手で押さえつけている

父は干潟に平鍬を入れて
砂地を掘り起こし
飛び出た車海老を愛用の竹魚籠に
そっと入れる
そして
こぼれ出たバカ貝を拾い集めるきみちゃんの
ぎこちない所作が愛らしい

ほろほろ ほろほろ と
海面に反射し
ふたりの瞼を透過した赤い光が揺らぐ

ちいちい ちいちい と
啼く千鳥の群
喧騒の渚ながらも和む耳目

片口鰯を獲る
いさば船が二艘 沖合いに浮かぶ
暮れなずむ春の日
濃密さが増す大潮の入り江
そして
干鰯(ほしか)の匂いが横溢する
のすたるじっくな浜辺

ああ ここは叔父と姪がともに遊ぶ
豊饒の海
ふたりの桃源郷だ

編集・削除(未編集)

ロケットBBS

Page Top