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スレッドNo.5471

針を持つ 津田古星

表編み3回に裏編みが2回
次が左上2目一度で
掛け目がひとつ
それから表編み1回で

そのとき 横でテレビを見ていた夫が
話しかける
ああ 数を数えているとき
話しかけないで
どこまで編んだかわからなくなる
わたしは話しながら編み物はできない

何かの本で読んだ酒場のおかみさんは
編み物をしながら
客の情報を編み込んだと言うけれど
あれは比喩だろうか

「赤毛のアン」の隣人リンド夫人は
窓辺に座って 縫い物をして
道行く人を眺め
あるいはおしゃべりをしながら
村中の噂をみんな知っていて
何十枚ものキルトの布団を作り
村の娘が結婚するとき贈ったという
これはありそう
手も動けば 目も耳も口も達者な人

「エデンの東」に出てくるキャシーは
お客が来たとき 何もしていなかったら
それを聞いた農場の主婦に
「縫い物も繕い物も編み物もなし?
富と怠惰 悪魔の武器」とまで言われている

手先を使う針仕事は
単調で根気が要る
二人以上が集って針を持つときは
耳と口を働かせながら
長い作業を続けたのだろう

一人で黙々と手を動かすときは
様々な思いが心をよぎるが
同じ作業の繰り返しは
瞑想をしたような脳波が現れてくるのか
憂いや悲しみが消えることはなくても
不思議と心が安らぐ

気の短いわたしが絡まった糸を 
時間を掛けて丁寧にほどく
それを見た人は
「私なら切る」と言うけれど
こんな作業も快いのを
多くの人は知らない

そして 出来上がった物は
使う人の身に添い
その人を護ってくれると信じて
また 針を持つ

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