モノクロ 温泉郷
その写真は白黒で
斜め上から夕陽が差し
若い男がうつむき加減で
ペンを握り
考えながら
何かを書こうとしている
まだ若い男だ
職業という言葉を
硬い抽象的な響きとして
無邪気に喜ぶことができる
恰好を付けた
そんな若い男だ
そんな若い男だが
この写真の中の表情はどうだ
自分の未来を
取りあえずは脇において
目の前のメモ用紙に
何かを必死に
書きつけようとしている
刻み込んだ文字が
自分の歴史になるとでも
思っているのだろうか
職業という言葉を
硬い抽象的な響きとして
無邪気に熱中することができる
おめでたい
そんな若い男だ
そんな若い男が
写真に閉じ込められて
未来を脇に置いたまま
もう 随分な年月が過ぎた
その男は
写真から抜け出た今
職業という言葉の
抽象的な響きを懐かしむ
その後の職業人生は
かくも具体的な
苦労と責任と
わずかばかりの歓喜と満足の
ごった煮のような
詰め合わせであったとは……
写真の若い男は
視線をあげて
こちらをチラッと見る
くたびれた男を見上げて
自分の未来の
摩耗と憔悴のモノクロに
一瞬 驚いたようだ
しかし その若い男は
そんな驚きを
あっさり振り切って
また メモに向う
恰好を付けた
おめでたい
若い男のままで
頰には赤みまで差し
不敵な笑みを浮かべて
ペンを走らせる