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スレッドNo.5497

モノクロ  温泉郷

その写真は白黒で
斜め上から夕陽が差し
若い男がうつむき加減で
ペンを握り
考えながら
何かを書こうとしている

まだ若い男だ
職業という言葉を
硬い抽象的な響きとして
無邪気に喜ぶことができる
恰好を付けた
そんな若い男だ

そんな若い男だが
この写真の中の表情はどうだ
自分の未来を
取りあえずは脇において
目の前のメモ用紙に
何かを必死に
書きつけようとしている

刻み込んだ文字が
自分の歴史になるとでも
思っているのだろうか

職業という言葉を
硬い抽象的な響きとして
無邪気に熱中することができる
おめでたい
そんな若い男だ

そんな若い男が
写真に閉じ込められて
未来を脇に置いたまま
もう 随分な年月が過ぎた

その男は
写真から抜け出た今
職業という言葉の
抽象的な響きを懐かしむ

その後の職業人生は
かくも具体的な
苦労と責任と
わずかばかりの歓喜と満足の
ごった煮のような
詰め合わせであったとは……

写真の若い男は
視線をあげて
こちらをチラッと見る
くたびれた男を見上げて
自分の未来の
摩耗と憔悴のモノクロに
一瞬 驚いたようだ

しかし その若い男は
そんな驚きを
あっさり振り切って
また メモに向う

恰好を付けた
おめでたい
若い男のままで
頰には赤みまで差し
不敵な笑みを浮かべて
ペンを走らせる

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