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スレッドNo.5503

感想と評 4/4~4/7 ご投稿分 三浦志郎 4/12

1 こすもすさん 「灰色の砂漠」 4/4

普通、人はこういった趣向を書く場合、次のように悩み、プランニングしていくものと思われます。
「イントロのきっかけを、どうセットするか?その背景の必然性やプロローグの良い有り方はないか?で考え悩む」―たとえば、そんなこと。前回もそうでしたが、今回も上記のようなパーツは一切無く、いきなり本題に入っていきます。これは僕自身が思うところでは、ひとつの勇気。これは皮肉でもなんでもなく、“褒め”の領域に属しそうです。個性と言ってもいいかもしれない。では、具体的に見ていきます。砂漠をさ迷い悪戦苦闘。砂の窪みに落ちてしまった。サラサラで登れない、上がれない。絶体絶命です。そこで雨。砂が雨で固まり危機を脱する。このあたり、考えましたね。
朝が来て、高い岩壁の出現。これはこの詩の場面にひとつの変化をもたらしていますね。良い方向に向かうきっかけとしてセットされているでしょう。必死に登って見えたものが緑の森と青い海。これらはオアシス。運が向いて来た感覚で詩は終わっています。今まで4作読んでいますが、どれも幻想やファンタジー的なものが主軸のようです。ただ、直近2作です。背景・場面・登場物・対象物は違えど、その傾向値は近似しています。僕はその点を、わずかに柔らかく危惧したいと思います。まだ初期ですので、今のうちにフィーリングや作風の広げ方、その微調整・微変針を頭の隅に入れといてみて下さい。なに、急ぐ話ではありませんよ、長い目で。
今回は佳作一歩前で。


2 上田一眞さん 「春の海」 4/5

今 思い出しているのは、
私の“幼い頃という場所”に浮かんだ
一隅の風景である

出だしは、上記のような感覚のほうがいいように思います。「幽体離脱~降り立った」というのは
ちょっと……。似たような感覚の一文を最後に入れ、締めてもいいでしょう。

春の海、干潟、渚。美しい風景描写も適宜入り、若き父と(お馴染み)従妹きみちゃんが様々な所作をする。彼らを想い出という世界で見つめる作者の眼差しが、とても優しいです。
「のすたるじっくな」は感覚・表記にやや違和があり、浮いちゃいそうです。
「こころ懐かしい浜辺」みたいな感覚でお願いします。しかし、この詩の持つ風景といい、人物といい、心情といい、大変麗しいです。ちょっと古い言葉に「駘蕩」といのがありますが、その形容が実に相応しいのです。上田さんの詩文体には、独特の風合い、風姿があります。すでに確立されています。もちろん、文の正統を踏まえてのことです。どこから来るのでしょうね。おそらく年齢的な安定性が大きいと思います。あとは親族を非常に大事にする。これからも、それらを活かして書き続けられますようー。
佳作をお送り致します。

アフターアワーズ。
この度は免許皆伝、おめでとうございます。いよいよ本誌「新作紹介」に登場ですね。頑張ってください。僕は此処のライブ感が好きで掲示板に書いていますが、同人であること、変わりありません。これからは同僚であります。よろしくお願い致します。


3 松本福広さん 「思い出がいっぱい」 4/5

楽曲の前に、まずは詩本位で考えます。「飴玉」が思い出の象徴ですね。冒頭3行まで、そうですね、思い出の本質とはこういったものでしょう。苦い味、悲しい時の味。はたまた、宝箱にしまって、いつでも鍵を開けて眺めていたい、そんな味の飴玉もある。悲喜こもごも、といったところでしょうか。そんな飴玉を夜空に散りばめる。ここは想像の翼を広げてユニークでした。「もう会えない人」が、ちょっぴり切なく思い出に残っています。印象的です。終連のまとめもいいですね。「まあ、いろいろあったけど、飴玉は明日にも続くよ」のフィーリング。終わり2行はとても爽やかでした。飴玉にちなんで、ほんのり甘い佳作を。

アフターアワーズ。
楽曲との絡みはこちらで―。曲にインスパイアーされて(刺激されて)詩を作るケースは(ミウラ含め)、割とありますね。インスト(器楽)曲はイメージが自由ですが、むしろ難しいのは歌詞曲です。イメージ的に歌詞の制約を受ける。それと“パクリ”と思われる、これは絶対に避けねばならない。いきおい、①エッセンスは底流させながらも、②趣向は別方向を探すことになります。幸い、本作は「飴玉」といった対象を出すことによって②をクリアーしています。本作に見るカジュアルで正直な綴り方は、楽曲の少女への語り掛け詞に通じるものがあります。こちらは①のことです。松本さんも、この①②は考えていただろうと想像できます。
「大人の階段登るぅ~~」、メロディ―も歌詞もすてきですよね。

「少女だったと懐かしく
 振り向く日があるのさ」

―そのとおりですね。

(余談。イントロ長め設定、4分音符換算で、しっかり9小節! 笑)


4 荒木章太郎さん 「かたつむり」 4/6

「~かしら」といった語尾使用は、荒木さんにとっては、やや異例と言えそうです。
この詩は何でしょうね。よくわからないですね。手懸りとしてタイトルと「生き方かしら」×3、を考えてみます。つまり、かたつむりに仮託した生き様のようなもの?ただし、そこで問題になるのは5連までのくだりです。

1~3連……かたつむりとはあまり関係ない「蛹」という生き方。
4~5連……僕には、この部分は”他人依存型“の生き方に思える。それを「希望」としている点。

そして、これらは―あくまで推測ですが―様々な生態=生き方のふたつの提示と見ます。
そして、それ以降のかたつむり。後半部を評者独白風に書きます。

「童謡にもあるように、はやしたてられ、少し小馬鹿にされ、少し愛される。そんな生き方。地味で鈍重で、ひ弱。でも、どこかユーモラスで可愛い。守りに敏感。背負って往くものあり。その生き方にはまだ謎も多い。いっぽうで、人間には有益・害毒両方をなす。害毒については一種の凄みあり(体内寄生虫が原因のよう)」
けっこう、いろんな羅列ができるわけで、その属性、我ら人間に、さも似たり、か?

まあ、以上のようなことを感じたしだいです。勝手な推測・解釈ばかりなので、すいませんが、評価は割愛させてください。


5 静間安夫さん 「古書」 4/7

まずは調べました、「元禄快挙禄」 福本日南著 岩波文庫(上・中・下) 成立は明治41年(1908)新聞連載からだそうです。岩波所収は1940年頃とありました。記録的要素もあり、現在の忠臣蔵像の原形とも言えそうです。

気に入った文章に線を引こうとして、ふと気づいた嬉しい偶然。話はそこから始まります。
古書を介して未知の同好の士と出会います。「どうして手放したのだろう?」そうですね、その疑問から、さまざまな推測が詩中出て来ました。この詩の本領は後半「いや、こうは考えられないだろうか?」以降にあるでしょう。なるほど、これはちょっと変わった考えながら、とても感動的な心理ですね。「不思議な縁で結びつけられた人々」「深く共感し合っている」が印象を代表します。とりわけ、「本を旅立たせた」が、この詩の結論です。そこには静間さんの感謝の念も読み取ることができます。
この詩はー失礼ながら―詩的技巧やその純度から言うと、それほどでもないのですが、後半、差し出された有意義な推測、その気高さ、感動の度合いが技巧を凌駕したと言えるでしょう。無類の本好きならではの本作。佳作で行きましょう。

アフターアワーズ。
あの~……余計なお世話かもしれませんが、「数々渡り歩いたかもしれないこの本を、此処で終の棲家にしてやろう」もアリか? 
と愚考したりもするわけです。僕にも一生かけて読んでゆく、そんな本がありますが、けっして手放しません。ごめんなさい。


評のおわりに。

新年度早々、くれさんの受賞、三人のかたの皆伝選出がありました。
あらためて、お祝い申し上げます。
これから、まだまだある?そんな予感もする春です。 では、また。

編集・削除(編集済: 2025年04月12日 14:45)

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