島秀生様 評のお礼です。 松本福広
秀作の評ありがとうございます。
童話のような詩を意識しましたがパンチが足りないといった感じでしょうか。
一刺激考えられたらと思います。
以下、長い言い訳をします。
キツネノマゴ→親子は違いますか。ご指摘のとおり、男女の方が良いかもと最初は思ったのですが、島さんが最初に(冗談のつもりで書かれたのでしょうけど)プロポーズに渡したら云々のくだり。実際、男から女性に花を贈って(うわー、世話とか面倒。捨てるに捨てられないし)など思う人もいるそうで。そこは信頼関係が出来上がっている男女だと別の話ですが、人間に置き換えて花を渡すって難しいな。親から子なら……まぁ、世話は親がするだろうからいいか?と。キツネノマゴって名前だから祖父母が孫にあげる感じがいいか?など考え、あの形になりました。詩や物語に説得力をもたせるって難しいです。
「好き」を多用したのは書きながら「……そういえば『好き』ってなに?」となってしまいました。
愛だったら、海外の方に行けば『アガペー』とか『フィリア』とか『マニア』とか色々ある。
まぁ、日本語は表意文字だから「愛」って言葉に他の言葉をくっつければ大丈夫……『友愛』、『親愛』みたいな。
でも「好き」だけは単純だ。他の言い方が思い浮かばない。幅広く使いやすくて、幅広い意味(わんこちゃんへの好きと、おいなりさんへの好きのように)があるのに、文脈で大体通じる。まぁ……そんなことを考えていたら、好きってなんだろう?と。
上の愛らしい、かわいいも、子ども、犬猫、恋人にいうのでだいぶ違ってくるよなーと。
そんなことを考えながら書きました。
そんなことは考えずカジュアルにナチュラルに使って良い言葉だと思います。「好き」
わんこちゃんはそれが出来る。だから、「ふつうに好き」がふつうに言える「ふつうの子」と設定いたしました。
逆に狐さんは「好きという形」を考えてしまう。
他の狐じゃなくて犬を好きになっている一般的な形から離れている狐。
そんな自分を自覚していて好意を言葉に直接言えなくて
花言葉を伝えることも出来ないまま、花だけ渡す。
そして一連の片思いの設定。わんこちゃんはふつうの子だから犬が恋愛?対象かもしれない。
そんな自分を「ふつう」と思えない狐さん。みたいに考えてしまいました。
詩の中に納めきれないのは、力不足として受け止めて。
言い訳をさせていただきました 苦笑
詩や物語に説得力を(以下同文)が強く出てしまった感がありますね 汗
ありがとうございます。またよろしくお願いします!