関係 人と庸
あなたとわたしとの間に名前はない
人と人との間に名前がなかったら
広い荒野にマッチ棒が
幾本も立っているだけなのか
「おそろしさとは
ゐることかしら
ゐないことかしら※」
そう言ったのはだれだったかしら
人と人との間に名前があれば
マッチ棒の林にたくさんの糸がはりめぐらされて
時おりそれらがきつくしまると
頭が痛くなったりお腹が痛くなったりするのだろう
おそろしさとは
まわりに人がいることかしら
いないことかしら
高い建物の足下に
折れたマッチ棒が一本よこたわっている
かれが最期に見た夜景の中の 見知らぬ窓の団欒の光は
天国に見えたのか 地獄に見えたのか
いることもいないこともおそろしい
わが独擅場とばかりに咲き乱れる花々を横目に
何ものかの力によって行進する人々
美しいものを美しいと思えない朝
この世界の名前を わたしは知っている
マッチ棒の間にはりめぐらされた糸は
とおくから眺めると
満開の桜に見えるのだ
自分だけのマッチ箱をせっせと磨く人たちのために
わたしは最後のケーキを焼く
ろうそくのかわりに
マッチ棒を幾本も立てて
ケーキの上に置かれた
チョコレートのプレートに
名前はない
※吉原幸子「無題(ナンセンス)」より