夢現カテーテル 松本福広
世の中色々と信じられないことだらけ。それでも夜勤明けの僕ほど信じられないものは、ないんじゃないかと思う。
読み間違え、聞き間違え、見間違いなんてよくある。ウトウトしているから人の話を半分も聞いていない。
妻から「昼食は餃子だよ」と言われたら餃子を玉座と聞き間違える。「夕飯はゴジラでいい?」と聞かれても「うん」と返事する具合だ。
それでも現代人の性なのか「そこにスマートフォンがあるから触るんだ」と、どこかの登山家に聞いたら怒られそうな理由でスマートフォンでSNSをチェック。
鼻のカテーテルを星のカテーテルと見間違えた時点で限界を悟る。スマートフォンを置き、完全に寝る姿勢をとる。
憂鬱な仕事の前夜も「このくらい寝つきが良ければいいのに」と思うほど、あっさりと気を失った。
現の語り部は夢の浜辺へおりたつ。
星ひとつない空に
ひとつ浮かぶ満月にカテーテル挿せば
月から排出された瞬きが星屑になる
寂しかった三日月に友だちできたね
黒い空にカテーテル
残り物の夕焼けを入れましょう
速度を早めてはいけません
思い出が腫れてしまいます
星にカテーテル
街にきらめきが降る
神さまに懺悔しようとしたことも
目蓋の中には青さ残して忘れる
私と誰かを繋ぐカテーテル
命を繋ぎあう約束も
星が散る時間から見れば
まばたき程の時間
惑星にカテーテル
夢を排出していく
化学を取り込む
未来が形になる
夢の浜辺から白い手乗りクジラが引き上げられたら大切にしてあげたい。現の境目に降り立っていく。
医師の処方箋が発行されていない
誰かの夢現ブレンドを
カテーテルでゆっくり吸って
体に染み渡る頃には夕方だった。
東雲色に微睡むような夢の海水を黄昏色の現に少しだけおすそ分け。
世界が神さまのたった一滴の血を
薄く薄めたような彩りに目を覚ます。
目覚ましにコーヒーを飲もうとキッチンへ。
妻が夕飯のゴジラをクレソンとミニトマトで彩りよく盛り付けながら鼻唄をうたっていた。