問い 雪柳(S. Matsumoto)
眠りの海の中を
夢も見ずに漂っている時間は良い
短かった幼い頃の 幸せの記憶も
そのあと積もった 哀しい記憶も
すべて水底に沈めて
目覚めの時は
年追うごとに息苦しくなってくる
浮かび上がった水面の波の間に
岸が見える
あれはそうだ、
太古に鰓が失われ 鰭が四肢に変化した生き物が
最初に陸へ上がり 歩き始めた場所に似ている
そこからずいぶん遠く来てしまった
戻れない道を
一日を始めるのがつらくなるのは
失くしたものゆえなのか 新しく得たものゆえなのか
頭の中で 明滅するシグナルが告げている
呼ぶものがある
待つものがある
それは まるではるか昔
誰かによって命あるものに刻み付けられ
時を越えて 受け継がれてきた呪文のよう
毎日 街のどこかで
慌ただしいサイレンの音が響いている
他国で起こった 災害や戦争が
大きく報じられることもある
誰も望まない災いの 匂いがいつも
大気に含まれ運ばれてくる
どこにいても
不安に揺らいでも
まだ続く道を 先へ行くのだろう
衰え重たさを増す身体と心で
苦しい目覚めを繰り返し
哀しみがより多くなる 記憶の堆積を抱えて
始めてしまった命の 尽きるまで
きっと
生きるとはそんなこと
知る術はないのに
知りたいと思う
最初に陸へ上がったあの太古の生き物は
振り返らずに行っただろうか
生まれては消えゆく 命というものの出現は
進化と呼ばれているものは
なぜ起こり
どんな意味を持つのだろうか
その結果であるあまたの存在のひしめく
この世界とは
うちけぶる空に そっと問いかけてみる
どこか高みに
答えるものがひそんでいる気がして