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スレッドNo.5617

美  静間安夫

美人だけど
冷たくて
わがまま
気まぐれで
移り気なおまえ

だからこそ
魅せられてしまい
おまえから
離れられなかった

いくら言い寄っても
そのたびごとに
意地悪く身をかわし
色よい返事を
返してくれたことがない

それでも わたしは
あきらめきれない…
性懲りもなく
おまえの後を
追いかけまわす
自分で言うのもなんだが
まるでストーカー

けれども おまえを
傷つけようなんて気は
さらさらなかった
ただただ、
振り向いてほしいだけ
せめて、喜ぶ顔を
見せてほしいだけ

そんなせつない思いに駆られて
ブランド物の
時計やバッグを買って
おまえにプレゼントしているうちに
気がつけば借金で首が回らない

いよいよ困って
会社の金に手をつけて
しまいには
警察の世話になる始末

懲役刑をくらって
刑務所で
希望のない毎日を
送っていたある日のこと

「794番、面会だ」
看守に伴われて
面会室に入ってみれば
おまえが座っているではないか

「あんたって、ホントにバカね!」
いきなり
きつい言葉をかけられたけど
よく見ると
眼にうっすら
涙を浮かべている

「故里に帰ることにしたの。
 親の勧める人と結婚して
 実家の店を継ぐわ。
 もう、会うこともないと思うけど
 でも
 あんたのこと、
 忘れないよ!」

あれから ずいぶん
長い時が流れたけれど
とにもかくにも
刑期を勤め上げ
出所して
これまで何とか
生きてこられたのも
すべて、あのときの
おまえの一言があったから

たしかに わたしは
何もかも失った―
それでも
今、振り返ってみると
不思議に後悔はない

もちろん
愛されることに
こしたことはないけれど
身上つぶすほど
愛してしまうっていうのも
決して悪くない…

いかに愚かに見えようとも
きっと
これ以外の生き方は
できなかった―
そう思えるようになったのも
おまえの一言があったから

こんなわたしの
せつない生き方は
どこか詩人たちの人生に
似てはいないだろうか?

詩人が美にひざまずき
言葉の花束をささげるのは
せめて、ちらとでも
こちらを振り向かせ
美の真実の姿を
しかと見届けるため

その一瞬を
手に入れるためならば
詩人は
世間並みの幸福などに
未練はない

そればかりか
放浪に生き
陋巷に窮死しても
望むところ

願いがかなえられた
まさにそのとき
詩人は至上の幸福を感じ
もはや その魂は
この世を離れ去っているだろう…

美よ、
冷たくて
わがまま
気まぐれで
移り気なおまえよ

わたしは知っている―
おまえに魅せられた者たちには
彼らにしかわからない
幸せがあるってことを

編集・削除(編集済: 2025年05月05日 18:26)

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