母の戸籍 津田古星
母の死後 兄は金融機関から
遡れる限りの戸籍謄本の
提出を求められた
その11枚の書類を詳しく見ていくと
知らないことも多かった
母はよく親戚の物知りのおばあさんに
もっと昔の話を聞いておけば良かったと
言っていたものだが
わたしも母にいろいろ聞いておけば良かった
母の兄は若くして戦死したと聞いていたが
昭和21年5月 中国湖北省漢口の
兵站病院にて死亡 21歳
戦争が終わっていたのに帰国も叶わず
本人も家族も無念であったろう
母の従姉にあたる人は
幼くして両親を亡くし
一緒に暮らしていた祖父が亡くなると
昭和3年15歳で戸主になり
このとき同居していた叔父が
後見人となった
昭和5年家督を叔父に譲り
「隠居」とある
まさか離れの縁側で猫を抱いて
日向ぼっこをしていたわけではあるまいが
17歳で隠居とは
戸籍上とは言え 驚く記載だった
家督を譲られた叔父というのが
わたしの母の父親で
たぶん そのまま同じ家で暮らしたものと思われる
叔父は大正6年に結婚しており
その子供達とは姉妹のように育った
女戸主と言えば樋口一葉
一葉の場合は 長兄が亡くなると
15歳で相続戸主となる
次兄は勘当され分籍していた
2年後 事業が失敗した父親は
失意の中で亡くなり
許嫁だった男も去った
小説の師 半井桃水と結婚はできず
戸主を譲る人も居なかった
戸主という重荷を負って
短い生涯を終えたが
その重荷が名作を生んだのかも知れない
母の従姉は20歳で他家へ嫁ぎ
2度の結婚をして
3人の子供を授かった
平成27年まで生きて
100歳近くの天寿を全うした
母の家系は、幼くして死んだり
20代で病気、戦争、事故で
亡くなった人が多い
母は従姉に次ぐ長命で
89歳だった
戸主と隠居の記述は
家を存続させる強い思いを
浮かび上がらせた