君の膝はパッションだった 荒木章太郎
向こう側の駅のホームに
立っている君のパンツの膝が
破れていたのは、
通勤時のファッションだった。
俺も恋破れ、夢破れて、
布切れにしてうたにした、
日常のファッションだった。
ファッションは
パッションになり、
爆発力となる。
やくざの刺青も、
海賊の顔の傷も、
かつての髑髏の旗のもとで
同じ道を辿ったが、
迫害者に押された
烙印から逃れるために
ルーツはルートとなり、
死神からも天使からも
人間からの逃げ道を作った。
今は、ゆりかごの頃から
当たり前のように自由があるから
ジャリジャリと食べ物を求めず、
金に執着する必要もない。
墓場には何も持って行けないと断捨離しても
ただ満たされないのは、その存在だった。
膝をかかえ、
爆弾を抱えて。
時限爆弾、
自暴自棄、
自己犠牲、
自爆テロ、
無差別テロ。
じぶん、じぶん、
じぶんばかりだ。
輪郭だけが
くっきりと浮かび上がる。
深みも奥行きもない人生。
自分さえ良ければ、
無秩序にことばの山が連なる。
喉が渇いて、砂を噛む。
ジャリジャリと、
奥歯に挟まることばが
違和感となった。
もう、人のせいばかりにしない。
自己犠牲?
「馬鹿じゃないの」と
腹を抱えて笑い飛ばして、
全て吹き飛ばしてしまえば
俺の存在が飛び散って
他人に当たり、大迷惑だ。
ざまあみろ、生きとし生けるもの達よ。
(投げやりに投げつけるのなら、
丁寧に捧げれば良いものを)
愛するものに捧げるパッションを
粗末に扱うのではなく
服に染み込ませてみた。
冷静にファッションにして
着こなしてみる。
まず、自分を大切にするのだ。
「おーい。なかなかいいんじゃない。」
ある日、ホームの向こう側から
君が声をかけてくれた。
線路に落ちようとする
俺のパッションを、
しっかりと掴み取るように。