感想と評 5/6~8ご投稿分 水無川 渉
お待たせいたしました。5/6~8ご投稿分の感想と評です。コメントで提示している解釈やアドバイスはあくまでも私の個人的意見ですので、作者の意図とは食い違っていることがあるかもしれません。参考程度に受け止めていただけたらと思います。
なお私は詩を読む時には作品中の一人称(語り手)と作者ご本人とは区別して、たとえ作者の実体験に基づいた詩であっても、あくまでも独立した文学作品として読んでいますので、作品中の語り手については、「私」のように鉤括弧を付けて表記しています。
●森山 遼さん「生命について」
森山さん、こんにちは。これは哲学的な内容を持った作品ですね。タイトルからも生きるとはどういうことか、自分の生命をどのように感じることができるのか、といった問題意識が伝わってきます。社会において人間性が圧殺されていく危機感と、自然における生命の力への憧憬というテーマは古来多くの詩人たちが取り上げてきた主題であると思います。私はウィリアム・バトラー・イェイツの「湖の島イニスフリー」を思い起こしました。
この作品では3~5連の森の情景が、そのような生命の神秘を感ずることのできる理想的場として描かれているようです。けれども現実の「僕」はそのような環境にはなく、(おそらくは都会の)「日々の喧騒のなか」で生命の深みを感ずることができずないまま、「表層をすべる」ような生活の中でただ疲労のみをつのらせていく・・そんな諦めにも似た嘆きで終わっています。
2点あります。一つは、現実の「僕」がいる状況と理想的な「森」の関係が曖昧に感じられました。3連からの部分は一読すると「僕」が実際に「森」にいるように読めるのですが、この詩の後半を読むとそうでないことが分かります。しかし、その理想(夢?)と6連(「僕は知っています~」)以降の現実とのギャップが分かりにくいために、6連でも引き続き「僕」が「森」にいるかのように読めてしまい、「僕は鏡の前に座り」で何だかおかしいなと気づくことになります(これは森の中の情景ではありえないので)。したがって、6連で「僕」がどこにいるのかを明示し、5連との間の断絶をもう少し分かりやすく表現した方が伝わると思います。
もう一つは、細部にもう少し具体的な描写を入れた方が、よりリアルに実感を持ってそのメッセージを受け取れるのではないかと思いました。評価は佳作一歩前です。
●じじいじじいさん「永遠の家族」
じじいじじいさん、こんにちは。冒頭にお断りしていますように、私は投稿された作品はあくまでも一つの文学作品として読み、評価をさせていただいております。この作品で描かれている内容がじじいじじいさんの実体験に基づいているかどうかは分かりませんが、たとえそうだとしても、作中の「私」とじじいじじいさんは区別して読んでいます。通常このような内容の詩がもし実体験に基づいたものだとすると、その良し悪しを「評価」することは憚られます(他の評者の方々も、こういった作品は「評価保留」になさることが多いです)。ただし、この投稿掲示板は特に断りのない限り評を希望して投稿するということになっていますので、この作品に関しても、ひとつの文学作品として読み、評価させていただいているということをご承知おきいただければ幸いです。当然ながらその「評価」とはあくまでも作品としての完成度に関するものであり、その背後にある作者の感情や体験についてのものではありません。今後もし評を望まれない場合がありましたら、投稿時にその旨お知らせください。
前置きが長くなりましたが、この作品は幼い息子を亡くした夫婦が子供の日を迎えるという、誰もが共感できる悲痛な思いがストレートに描かれた詩です。笑顔と涙の対比も上手く使われていると思います。
特に最終連、柏餅を「3人で」食べた、というところが胸に迫りました。もちろん実際に柏餅を食べたのは「私」と「妻」の2人ですが、2人の気持ちの中では亡き「息子」と3人で食べた、ということなのでしょう。読者はこのことを容易に想像できますので、ここであえて「2人は」と言わない方がかえって効果的かもしれないと思いました。また「笑顔を見ながら思い出話をしながら」という表現は日本語としてのつながりが不自然に感じますので、たとえば終連は次のようにしてみてはいかがでしょうか。
妻と私は思い出話をしながら
笑顔の息子と3人で柏餅を食べた
3人家族は永遠だから
あくまで一案ですので、ご一考ください。
細かい点ですが、5連の「見にまとい」は「身にまとい」の誤字ですね。あと、同じく5連の「遺影の息子は~」の行と、終連の最初の行はやや長すぎますので、適当な長さで改行した方が形が整うと思います。内容的には素晴らしいものがありますので、細かい部分に手を入れれば、詩作品としても良いものになると思います。評価は佳作半歩前です。
●喜太郎さん「偽り」
喜太郎さん、こんにちは。この作品は喜太郎さんお得意の、女性視点から描かれた恋愛詩ですね。3年間の交際の後に別れた相手に対して、これまでの気持ちのすれ違いを後悔を込めて振り返る内容になっています。このような状況は恋愛においてはよくあることだと思いますので、共感を持って読める詩だと思います。語り手の切なさがひしひしと伝わって来ます。
ただし、細かく読んでいくと少し分かりにくいところがありました。「私」は「あなた」に嫌われたくない一心で、あえて素の弱い自分ではなく「強い自分」を演出していた。けれどもその甲斐もなく、「あなた」は去っていってしまった。別れに臨んで「私」はついに素直に弱さをさらけ出して涙を流す……そういう展開だと思いますが、そうするとこれまでの三年間、「私」は自分を偽って強がっていた、と考えるのが自然ではないかと思います。
ところが、「私」はこれまでの三年間について、「自分を偽っていた訳じゃないの」「いっそ素直を捨てて全てを偽っていたなら……」と言います。これは逆ではないでしょうか。
「自分を偽っていた訳じゃないの」はまだ分かります。好きだからこそ弱さを見せずに強がっていたのはまさに「私」の本心から出た真摯な行為であり、それは「偽り」という否定的な言葉では表現できないものなのでしょう。それでも「いっそ素直を捨てて全てを偽っていたなら……」はやはり分かりませんでした。これは相手の前に弱さをさらけ出すことを指していると思われますが、それが素直ではない偽りとは思えないのです。
タイトルの「偽り」からして、もしかしたらあえて「真実」と「偽り」を逆転させたアイロニカルな表現を狙っているのかとも思いましたが、この詩のストレートな感情の表出にはそぐわない気もしました。もし喜太郎さんの意図が読み取れていなかったらすみません。
あとこれは以前の評でも申し上げましたが、個人的には連分けをして頂いた方がストーリーの展開が分かりやすくて好感が持てます。あくまで好みの問題かもしれませんが。評価は佳作一歩前です。
●谷口文章さん「あいうえおそうじ」
谷口さん、こんにちは。初めての方なので感想を書かせていただきます。
これはアクロスティック詩(折句)ですね。各行の冒頭の字が五十音順に並べられています。これは言葉遊びの一種と考えられますが、こうした遊びの要素が幼稚園児の視点からひらがなを多用して描かれる内容によくマッチしていますね。絵文字や記号の使用も子どもらしい楽しい雰囲気に貢献していると思います。先ごろ亡くなった谷川俊太郎さんの一連の作品を思い起こしました。
細かい点を申し上げると、「みんな、なまか。」とあるのは、「みんな、なかま。」の間違いではないかと思いました。あと、タイトルの「おそうじ」が本文の内容とどのように関係しているのか、よく分かりませんでした。
ともあれ、あまり難しいことを考えず、ことばのリズムや響きを楽しむ作品と受け止めました。またのご投稿をお待ちしています。
●温泉郷さん「無音の叫び」
温泉郷さん、こんにちは。連休の平和な街を歩いていると、突然その街が崩壊していく……そんなSFじみた描写で冒頭から引き込まれる作品ですね。このイントロはとても効果的だと思います。
結局街の崩壊は語り手の白昼夢であることが分かり、一瞬後に現実に引き戻されます。この現実と幻想の区別が音と無音の違いで描き分けられているのが特徴的でした。しかもこの詩で素晴らしいのは、この「無音」が実は普段は隠されている街(そこに住む人々)の無言の叫びを表している、という作品の核心的なテーマにつながっていくことです。この組み立て方はとても巧みだと思いました。
現代社会に生きる人々の様々な心の叫びは物理的な音としては聞こえないけれども、それがたまり溜まって空に放出され、やがて降ってくる。その無音の叫びは聞く耳のある人にだけ聞こえる、ということなのでしょう。
社会批判的な重いテーマ性を持った作品ですが、「世界中で誰かがそれを受信する」「声は世界中をめぐって/必要な場所に確実に戻っていく」といった詩句からは、作者の希望も伝わってくるような気がしました。
一つ分からなかったのは、「空中から見下ろす者」の存在です。これが何を指しているのか、読者の想像力に委ねられていると思いますが、私は神のような存在を表しているのかもしれない、と思いました。続く連の「無音のイメージの後を追って/かすかに 声が聞こえてくる」という部分からは、旧約聖書の預言者エリヤが神とまみえた時、神がエリヤの前を通り過ぎると突風や地震や火が起こり、その後にかすかなささやき声が聞こえた、という物語を思い起こしました。
比較的短めの作品ですが、とても中身の濃い素晴らしい作品でした。評価は佳作です。
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以上、5篇でした。早くも日中は汗ばむ陽気になってきましたね。今年の夏も猛暑になるのでしょうか。みなさまどうぞご自愛ください。