ことば 上原有栖
雨上がりの道端に〈ことば〉が落ちていました。落とし物でしょうか 忘れ物でしょうか 誰かがそこに置いていったみたいです。拾おうと手を伸ばしたら 「触ると怪我をするから 見ないふりをして通り過ぎなさい」 と道行く大人に忠告されました。 きらきら光っていて 幼いこどもであればオモチャと勘違いして思わず触れてしまいそうな〈ことば〉。「ああいうのは見た目より尖っているんだよ 不用心に触ると刺さって痛い それになかなか取り外せない わたしも怪我したことがあるから」 声をかけてきた大人は話し続けます。捲った袖から見える腕や振りかざす手には黒くなった傷がありました。この人も〈ことば〉に触って怪我をしたのでしょうか。 痛いのは嫌だから触るのはやめました。話しかけてきた大人と別れて道を歩いていると ゴミ捨て場に〈ことば〉が溢れているのが見えました。緑のネットからはみ出した先端を大きなカラスたちがカァカァ鳴きながら嘴でつついています。棄てられた残骸の腐った臭いが酷く鼻につきました。その悪臭にウッと呻いて道端でうずくまると 私は耐えきれず雨水が流れる側溝へ嘔吐してしまったのです。悪態をついて出てきた 私の〈ことば〉のかたまりが酸っぱい胃液と混ざりあって一緒に流れていくのが見えました。