水銀の記憶 温泉郷
夏休み
少年は四国の祖母に
預けられた
あんたの母さんは
いったい
いつ迎えに来るんだろうね
祖母はだんだんと
機嫌が悪くなった
少年はうっかり 体温計を割ってしまって
ひどく叱られて
泣いていた
祖母は
ガラスを丁寧に片付けたあと
少年を呼んだ
銀色の小さな球が
テーブルの木目に散らばっていた
祖母はそれを指でまとめた
ほら これが水銀
ほら こんな風に
くっつくんや
小さな球が融合して
少し大きな球になった
少年は指先で少し触ってみた
水銀は静かに転がった
何度も転がしてみた
少し大胆になった少年は
水銀を押しつぶしてみた
水銀は指を逃れて転がる
割れるもんかと
抵抗しているようだった
意地になって
水銀を指で
じわっとつぶすと
いくつかに割れて
小さな球になった
指をみると
指紋にも
小さな小さな水銀が
入り込んでいた
あぶないから食べたらあかんよ
祖母は 少年の指を拭き
水銀を手際よく
一つにまとめた
最後に
コロコロ
コロコロと
左右に転がして
微笑みかけてから
掌に乗せて台所に行った
少し乱暴な
水の音がした