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スレッドNo.5749

ラプンツェル 〜フォルテ(悪意を強く)。それから足音のクレッシェンド〜 松本福広

ここはパラレルワールド
あらゆる童話や文学が交錯する
美しい世界で描かれる夢をあなたに。

塔の上で暮らすラプンツェル。
彼女は塔から出ること
髪を切ることを禁じられていた。
その亜麻色の髪は七十尺ほどに達していた。
そんな彼女は外の世界のことを知りたくて
ある日から塔の外へと
その長い髪の毛を塔の外へと垂らす。
外に垂らした髪はいろんなことを教えてくれる。

ある日は
その髪の毛に可憐な花びらがくっつき
髪の毛を可愛らしく彩る。
ある日は
その髪の毛が雪で白く濡れるも
すぐ解ける様に憐憫を感じさせる。
ある日は
てんとう虫がくっつき
その小さな姿をいじらしいと思った。
ある日は
夏の強い日差しに髪を痛めるも
愛おしい四季の流れは
生きる喜びを彼女に与えた。

塔の外は新しい世界が
きっとあるに違いないと信じていた。

ある日のことだった。
いつものように髪を外に垂らすと
髪にガムがくっついていた
外を見る。
真下には子どもたち
浦島太郎の子どもたちだった。
亀を小突き回すのも飽きてきたところに
止められたので違う悪戯を。
そんな風に思っていたところだった。
塔の外から出ている何者かの
髪にイタズラをして
驚かせようと思ったのだ。
驚き以上に悲しくて
目に大きな粒を湛える。

ある日のことだった。
羅生門の老婆に髪を切られる。
死人の髪の毛でかつらを作るのが日課だったが
目の前に垂らされる黄金の匂いに
目が眩んだ老婆は
生きている乙女の髪の毛と知りつつ
その髪の毛を鋏で切ってしまう。
濡れていた瞳から
雫があふれて
とどまることなく落ちていく。

ラプンツェルは外の世界を知りたいと
願うことはなくなり
ひとつの物語の
ひとつの可能性が消えた。

──ひとつの物語としては、ここで終わる──
ここはパラレルワールド
無限に広がる夢はあなたの中に
──ここからは誰かの願いを──

地面に落ちている朝日に輝く
一条の髪の毛。
誰かがそこに通りかかる。
その誰かの目は
地面から髪の毛を辿り、塔の方を見やる。

亜麻色にきらめく蜘蛛の糸は
少女の瞳の近くから落ちたのだろう。
それが風に弄ばれずに
ここに残ったのは
少女の心を救いたいという
誰かの希求の糸であるかのように。

ずっと固く閉ざされていた塔の門。
ずっと使われていなかった
呼び鈴の音がひとつ響く。
朝の空に白い鳩が数羽はばたく。

※七十尺→概ね21m

編集・削除(編集済: 2025年05月27日 22:45)

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