風土、違う四季の一景を切り取る
イタリアの都市ヴェネツィア。アドリア海に囲まれた島々は運河とゴンドラからうかがえる。水と共に育まれた歴史があり、宮殿と教会と宗教色が神秘的に設られた……多くの言葉を語るまでもない美しい都市の一つだ。
晩秋から春にかけて、アックア・アルタ(直訳すると高い水、高潮)という現象が起きる。月の動き、天候、風土、近年における水位の上昇と様々な条件が重なり、街中が冠水する。
一冊の写真集を手に取る。そこには冠水した街中にいる様々な顔をした人々の写真が多数収められていた。
水を弾けさせてはしゃいでいる子どもたちの笑顔。渋い表情をしながらカフェの椅子に足を投げ出し読書する男性。足元に気を遣いながら犬の散歩をする人。膝近くまで満ちた水を押して進む絵は力強く見えた。
写真の水は一見綺麗だった。緩やかな波浪が水上の浪漫を物語る。このような事態も日本にはないひとつの四季の在り方なのだろうと思わせた。
考えてみれば、海の中にも地面にも様々な不純物や細かい石……水だけなはずがないのだ。それらを大いに含まれた水なのだ。
アックア・アルタも風物詩のように見えるが、見ただけで実際のところをどれくらい分かるのだろう。
雪国に行き、白銀世界に見惚れて。雪かきも一日なら楽しい。二日目からは「うん。今日はいいかな」と観光客の私は思う。
アックア・アルタの水が引いた後の生活が暮らす人々にはある。
泥だらけの街中、電気系統は一部障害もでている。それらの復旧を人々はこなさないとならない。写真集には目的が違ってくるので当然そこまでは載ってはいなかった。
日本の六月。日本では水無月という異名の月。満ち満ちる水の都市の六月も日差しが強い初夏を迎える。向こうでは梅雨がなく、すぐに夏になるとのことだ。
アドリア・ブルーの凪。ゴンドリエーレの水をかく音。昔聞いたカンツォーネが流れるようで。
今年もきっとアックア・アルタを迎えるのだろう。
優雅な景色の下にある積み重ねのうねりをかくように今日もみんな歩いている。
補足
写真集→河名木 ひろし『アックア・アルタ: ヴェネツィア高潮』光村印刷
ゴンドリエーレ→ゴンドラの水夫。