誰かが歌を詠む夜 松本福広
雨が降る
ぽつぽつ
静かに弾ける音が優しい夜に溶ける
音は生活のリズムと不思議と調和していた
星ひとつ見えない寂しい夜空に
雨粒が街路灯に照らされ
日常の流星群
水たまりになれば
地上の夜景を切り取るけど
水玉ひとつぶなら何かを写していたりするのか
ぽつぽつ
雨と町あかり
窓からの夜景は
冷たいままで気持ちよかった
一階の居間から
テレビの特番で家族に向かって
大声でああでもない、こうでもないと
日頃の鬱屈を語る祖父の声が聞こえてくる。
ぽつぽつが夜空の景が破られるように
祖父の現実への観念が滂沱のように流れ込む
雨が地面に軽い音を打ち続ける今
祖父の静寂の星粒を裂くラッパのような声
短歌を詠みたくなった
今この時を切り取りたくて
─雨粒の言葉が降る空が夜色に じいじの好きな時事ネタ嫌い─
他の人からの評価なんてわからないけど
日常を切り取った言葉が
日常のリズムに流れて
ボトルメールのように誰かに届けば
口ずさんだ短歌は雨粒に
誰にも届かず水たまりに溶ける
空へ届いて また明日に夜降りますように