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スレッドNo.5832

天使篇《ハイライト》

天使篇《ハイライト》

煙草を初めて吸ったのは中学生の時だった
親父のハイライトを盗んでマッチで火をつけ
わからなかったので肺にまで煙をやらずに
頬の内側にためては煙を吐き出すのを
繰り返していたと思う
でもニコチンは身体に吸収されていて
なんとも身体が柔らかくなる感じがした
煙を肺まで入れて常習的に吸うのは
高校生になってからだ
周りの友達が皆吸っていたのはセブンスター
ちょうど売り出し時期だったのではないか?
僕も一箱買って吸ったが鉄錆の味がしたので
すぐにブンタ吸いの友達にくれてやった
僕はハイライトを吸っていた
親父の煙草と同じなのは
もちろんカネのない時に
ちょろまかすためである
当時、ハイライトは「労働者の煙草」などと
呼ばれていたので
ちょっと共産主義カブレの僕には
誇らしくもあった
親父は僕が煙草を盗んでいるのを知りながら
全く我関セズを通してくれた
今から思えばホンマにエライ親父であった
サンキュー親父

息子が煙草を吸うのを黙認してくれたのね?
天使はにこにこしながら言う
そやねん
きっと僕は今遠い目をしているだろう
半世紀昔の話だ、なって当然ではないか?
友達が遊びに来た時なんか酒の差し入れを
こそっと僕に渡してくれたのだった
本当に悪いお父さんね 天使がまた笑った
親父、ダンケシェーン!
僕は天を仰ぎ見て言う
あなたの目は 天使は頬笑みながら言う
全くの節穴よね?
え? 何を言われてるのかわからない

天使は半袖の夏のセーラー服姿だ
その背中には白い翼である
セーラー服の垂れ襟の背中と
その翼の根は三センチほど離れている
きっと天使がもぎ取り捨てた天使の輪も
そんな風に浮かんでいたのだろう
なんで、節穴、やねん?
僕は混乱しながら言う
天使は残念そうに僕を見る
お父さんは、息子と煙草の話がしたかった
天使は僕をピタリと見たまま言葉を続ける
酒の話もしたかったしあなたの友達とも――
天使は青白い色の溜め息をついた
――若かった時のように喋りたかったのよ
天使は翼を広げる
そして軽く羽撃いてみせる
それにちっとも気づかないポンコツ息子!
僕は膝をついてしまう
あうあうとしか言えない
半世紀以上経つと言うのに記憶は鮮明に
僕の胸に甦るのだった
なんて鈍感な奴なのか? 僕と言う男は?

親父は死んだ
今から
三十年前に死んだ
先妻が病を得て何の反応もないまま死んだ
先妻の葬式の後、焼き場の横で牧師が
先妻を悼んで皆に語りだした
先妻を含めて信仰していたのは
基督教のプロテスタントだった
今まさに妻の肉体がめらめらと燃えている時
その牧師は言うのだった
「神が彼女を求められたのです」
皆が「アーメン」と言った
以下は出席者には牧師の声は届かない
僕があああああああああと吠えたからである
ああああああああああああああああああとだ
牧師の話が終わり、僕も吠えるのをやめた
しゃがみこんでいた
女の子座りでぺたんとしゃがみ込んでしまう
親父がやってきて僕の肩に手を置いて言う
「今日は泣いてええぞ、ナンボでも泣け」
見当違いだったが
肩に添えられた親父のその手が
なんとも嬉しかった
だがその翌年の僕の誕生日前夜に父は死んだ

僕は煙草の値上げの酷さに耐えられず
断煙をした
禁煙?
バカにするな
断煙だ
アルコール依存症を患い苦心の果て
断酒したように
きっともがき苦しむと思っていた
だから断酒してからは煙草を吸いまくっていた
煙草を止めるのもものごっつい苦痛だろうと思っていた
だから死ぬまで禁煙なんかしない、と思っていた
だが値上げに押されて僕は煙草を止めた
断酒での精神の闘い、肉体の戦いを思えば
あまりにも簡単に断煙できてしまったから
拍子抜けだった
でも僕は(想像上の)ハイライトの箱を叩く
飛び出してきた(想像上の)一本を咥える
そして(想像上の)イムコのライターで
(想像上の)ハイライトに火を付ける
(想像上の)煙を肺いっぱいに吸い込む
そしてしばらく出し惜しみしてから
(想像上の)煙を空に向かって吐き出す
私にも一本くれる?
天使が言う
ええよ
僕はそう言って咥えていた煙草を差し出す
ありがと
天使はそのハイライトの煙を吸い込んでから
やはり空に煙を吹き上げる
僕は新しい一本を取り出して
そしてオイルライターで火をつける
ふう~~~~
このハイライトは
当然親父の煙草置き場からくすねてきた奴だ
俺にも一本くれないか
僕の肩に手を置き親父が言う
また、一服したばかりのハイライトを
親父の唇にゆっくりと差し込む
親父もまた空に煙を吹き上げる

編集・削除(編集済: 2025年06月17日 22:05)

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