感想と評 6/3~5ご投稿分 水無川 渉
お待たせいたしました。6/3~5ご投稿分の感想と評です。コメントで提示している解釈やアドバイスはあくまでも私の個人的意見ですので、作者の意図とは食い違っていることがあるかもしれません。参考程度に受け止めていただけたらと思います。
なお私は詩を読む時には作品中の一人称(語り手)と作者ご本人とは区別して、たとえ作者の実体験に基づいた詩であっても、あくまでも独立した文学作品として読んでいますので、作品中の語り手については、「私」のように鉤括弧を付けて表記しています。
●上原有栖さん「雨を待ちわびて」
上原さん、こんにちは。初めての方なので感想を述べさせていただきます。
この作品は植物(稲などの穀物でしょうか、それとも草原の草でしょうか)が雨を待ちわびる様子を詩にしたものですね。乾いた大地に雨が降り注ぎ、植物がいきいきと生命力を蘇らせる様子が擬人法を使いながら上手く表現されています。ですます調の優しい文体も童話風の温かい雰囲気を醸し出しています。
あえてコメントすれば、終連の「小さき寡黙な生命」が(それ自体は良い表現だと思うのですが)少し唐突に感じました。2連では隣りあう植物同士の会話が描かれているからです。もちろん「寡黙」は口数が少ないという意味でまったくの沈黙を意味するわけではありませんので、現状のままでも矛盾とまでは言えませんが、あえて最後に「寡黙」という語を用いるのならば、その前の部分でもう少し詳しくその寡黙さを具体的に描いておいても良いかと思いました。
いずれにしても、とても読みやすい良い文体をお持ちですので、またのご投稿を楽しみにしています。
●相野零次さん「逢瀬」
相野さん、こんにちは。人間は独りで生きることはできず、他者とのつながりを絶えず求めている存在だと思いますが、実際に他者と関わり合うのはいつもうまくいくとは限りませんよね。どうしても互いのエゴがぶつかり合い、傷つけ合ってしまう。この作品はそのような人間関係のジレンマを描いた詩と受け止めました。「優しさは/ストローを通すと/少しずつ/汚れてしまう」や「何度も着信音で叫んで」等の表現がとても印象に残りました。
ただ全体を通して何度か読んでみても、今ひとつすっきりしないもやもやした読後感が残りました。その理由はおそらく、この詩の焦点がうまく定まっていないからではないかと思います。
タイトルの「逢瀬」とは、通常恋人同士がひそかに会う機会について使われる言葉ですので、この詩もそのような個人的な恋愛詩かと期待して読み始めるのですが、実際のテクストではなかなか具体的なカップルの姿が浮かび上がってきません。それは「誰か」や「人よ」という一般化された表現が使われているからではないかと思います。そのため、ここで描かれている「逢瀬」が語り手の個人的体験としてではなく一般論として描かれてしまい、インパクトを失ってしまっているように思います。
人間関係の難しさという、誰もが同意するであろう真理をただ一般論として語るだけでは、よほど表現に工夫をこらさない限り読者に訴えかける力は弱くなってしまいます。一般論を個人の体験に落とし込んで語る方が、詩としては良いものになると思います。
具体的には初連終行の「誰かに会いたくなる」を「あなたに会いたくなる」、4連の「人よ」を「私の心よ」のように変えてみてはどうかと思います。あくまで一案ですので、ご自身でしっくりくる表現を探してみてください。
細部では良い表現がたくさんありますので、上記のように個人の視点からの語りに書き直していただくと、とても良い詩になると思います。ご一考ください。評価は佳作一歩前です。
●喜太郎さん「三人三様」
喜太郎さん、こんにちは。喜太郎さんはこのところ毎回恋愛詩を投稿してくださいますが、今回は三角関係を描いた作品ですね。
「わたし」は「あなた」に好意を寄せていますが、「あなた」の心は「あの人」に向いている……。このような切ないシチュエーション自体はありふれたものですが、それを好きな音楽や映画や食べ物といった小道具を使って表現しています。ここを単に「食べ物」「映画」「音楽」とするのではなく、具体的な固有名詞を用いて書くとより現実味を帯びて読者に伝わるのではないかと思います。
後半では想いの届かない悲しみに打ちひしがれながらも「あなた」と「あの人」の幸せを願うという複雑な心情が描かれていて印象的でした。
確認したいのですが、下から7行目「わたしはあの人の心の中には居るの?」の「あの人」はこのままでよろしいでしょうか? 「あなた」の間違いではないかと思ったのですが。もう一点、下から2行目の「ヒロイン」は「悲劇のヒロイン」という意味かと思いますが、もしそうなら、そのようにはっきり書いた方が伝わりやすいと思います。
タイトルの「三人三様」ですが、確かに三角関係の詩なので「三人」なのは分かります。しかし「三様」の部分が本文でそれほど描かれているとは思えませんでした。特に「あの人」がいったいどういう人物なのかはテクストからはほとんど分かりません。したがって、このタイトルはより詩の内容に適合した、「わたし」の感情にひきつけたものに変更すると良いと思います。
最後に、これは毎度指摘させていただいている点ですが、今回も連分けがなされていないのが気になりました。特に本作の場合は、6行目と10行目の「消えそう」、それから14行目の「わたしの心も腐りそう」の後で読者の心に余韻を残すために一行空ける必要があるかと思います。そして最後の5行も独立した連にした方が、「わたし」の心情の吐露がよりインパクトを持って読者に伝わるでしょう。詩においては空白の文字や行、句読点に至るまで、必然性をもって書かれるべきだと思います。特に強いこだわりを持って行分けなしのスタイルを貫いておられるのでなければ、ご一考いただけると幸いです。
評価は佳作一歩前になります。
●荒木章太郎さん「ひとつになれない争いの窓辺で」
荒木さん、こんにちは。今回の作品は、前回拝見した「僕は君のしなやかなギブスでいたい」と同系統の、個人と社会(国家)の問題を二重露光のように重ねて描いた作品と受け止めました。私は個人的にこのスタイルにはとても魅力を感じています。
本作において、まず個人レベルでは、「あたし」と「あなた」のぎくしゃくした恋愛関係が描かれていきます。個人の間のやりとりを戦争のメタファーを用いて描くことはよくなされる手法ですが、それがいつのまにか「窓の外」で起こっている本物の戦争と見分けがつかなくなっていく不気味さが良く現れています。「こちとら遊びじゃないのです」という、恋愛でよく使われるありきたりのセリフも、よりシリアスな意味を持っているもののように読めてきますし、「あなたは肉を欲しがるけれども/あたしは――あなたの骨が欲しい」という表現も、単なる愛欲の表現を超えて「肉を切らせて骨を断つ」という戦いのイメージを喚起します。そう考えてくると、「ふたりがひとつになる」ことも、恋愛なら幸せの頂点でしょうが、国家・民族レベルで考えるならば民族浄化や同一化政策などを思わせる表現に見えてきて背筋が寒くなりますね。
終連の「緊急避難警報が/ふたりに戻る合図です」は、抽象的なイメージのレベルで重ねられてきた恋愛と戦争のテーマが具体的な形で並置されて終わります。この簡潔で効果的な着地も見事でした。
その他、「花火」と「火花」、「無垢」と「むくむく」など、細部の表現もよく練られていて、緻密な推敲がなされていることが伺えます。大変読み応えのある素晴らしい詩をありがとうございました。評価は佳作です。
●こすもすさん「トンネル」
こすもすさん、こんにちは。初めての方なので感想を述べさせていただきます。
ドライブしていて長いトンネルに入ると、等間隔で並んだ照明が次々と後ろに流れていって、見つめているとすーっと吸い込まれるような不思議な感覚になることがありますね。この詩は、誰もが一度は体験したであろう、トンネル通過というありふれた体験の中で味わった不思議な孤独感を描いた作品と受け止めました。
この作品は1.トンネルに入る前、2.トンネルの中、3.トンネルから出た後、という分かりやすい構成になっています。丁寧な情景描写でドライブしている光景がしっかりイメージできるのが良いですね。様々な色への言及も効果的だと思います。
欲を言えば、全体を通して読んでみて、「私」がトンネルの中で感じた孤独感について、もう少し詳しく書き込んでいただけると良いと思いました。話としてはドライブ中にトンネルを通過した、というだけのことなのですが、その体験がなぜ「私」に強い印象を残したのか、その部分が読者に伝わるように工夫していただければと思います。また書いてみてください。
●aristotles200さん「ドの音で始まる世界」
aristotles200さん、こんにちは。初めての方なので感想を述べさせていただきます。
これまでの投稿作もいくつか読ませていただきましたが、哲学に興味をお持ちの方のようですね。ペンネームからもその事が伺われます。
本作は人間の人生が無限に繰り返されるというニーチェの永劫回帰の思想をベースにしていると思われますが、そのテーマを単なる抽象論ではなく具体的なイメージを用いて語っておられるので、詩作品としても興味深く読むことができました。買ったばかりの新刊書に暗号のような印がついていて、今この本を「初めて」読むのが何回目かが分かるという着想は面白いですね。
そして後半ではピアノの音を契機として何百もの「自分」との同窓会が実現するという不思議な体験が描かれていきます。関係ないかもしれませんが、最後にド(C)の音を鳴らし続ける場面で、私はテリー・ライリーの「In C」という曲を思い出しました。
細かい点ですが、初連3行目の「同く」、初連最終行の「少なくと256回目」、2連1行目の「買っばかり」、など単純な誤記と思われる箇所が散見されました。せっかくの哲学的素養と詩的想像力を十二分に活かすために、推敲はしっかりされることをお勧めします。でも作品全体としては大いに楽しめました。またのご投稿をお待ちしています。
●温泉郷さん「ブラックアウト」
温泉郷さん、こんにちは。電車の中の手持ち無沙汰な時間をどう過ごすか。最近は本や新聞を読む人も少なくなり、もっぱらスマホをいじっている人が大半ですが、それとともに意外と見ているのがデジタルサイネージだと思います。大企業の思惑に踊らされているとは思いつつも、つい何とはなしに見入ってしまうんですよね。
本作はそのデジタルサイネージが突然ブラックアウトしたら……という状況を描いた詩です。地下鉄の車内に突如出現したブラックホールのように、ブラックアウトして広告の消えたデジタルサイネージが、商業主義の生み出すうすっぺらな夢や理想を吸い込んでいく。だからそれは「贅沢な黒い四角」と呼ばれるのですね。それは高度資本主義社会に対するささやかな抵抗のしるしなのかもしれません。語り手は途中で下車しますが、せめてその電車が終点に着くまでは、そこだけはブラックアウトしたままでいて欲しいと願います。
本作で描かれたようなアクシデントは単なる技術トラブルでも実際起こりそうなことですので、もしかしたら作者の実体験に基づいたものなのかもしれませんし、実際にはほんの数秒だけのブラックアウトだったのかもしれません。けれどもそのようなちょっとした日常の出来事に普通でないものを感じ取るのが詩人の感性というものなのでしょう。温泉郷さんのそのような世界への向き合い方に強い共感を覚えます。
あえて言えば、本作は上で述べたような目の付け所だけで勝負しているようなところがありますので、もっと想像力を羽ばたかせて「贅沢な黒い四角」についての語り手の思いをさらに展開していくと、深みが増すのではないかと思いました。でも現状のままでも十分な気づきを与えてくれる作品ですので、評価は佳作とさせていただきます。
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以上、7篇でした。今月も素敵な詩との出会いを感謝します。