細い煙 温泉郷
コツコツと
古い階段を上る音
帰宅し
ちゃぶ台に無言で座り
子どもを見るともなく
タバコを取り出し
細い煙を
後ろ向きに
水平に吐き出す
それは
吐き出すことだけに
集中するかのようだった
吸いたくないタバコ
吸うしかないタバコ
細く吐き出した煙は
あっちに
広がっていった
細い煙を
子どもは目で追う
広がった煙は
うすく
部屋を漂い
霞んでいく
そして
また 細い煙
母親は
しばらくして微笑み
「もう寝なさい」と言った
子どもは
そのまま布団に入る
しばらく
フーっという
音を聴く
あのときの子どもは
タバコは吸わないまま
あのときの母親よりも
年を重ねた
若かった彼女の
あのころだけの
不本意な仕事
後ろ向きに
霞んでいった
あの煙
あの細い煙の先に
見えていたもの……
人生リレーの
バトンは
同じ重さになるまで
渡しては
もらえない