旧市街 上原有栖
大通りを逸れてひとつ隣の路地に入ると
鼻腔を黴臭い風がくすぐる
ここは旧市街 ゆるやかに時間が流れる場所
旅人は歩き 空気を吸い 歴史を肌で感じる
カラーン カラーン
丘の上に建つ教会から鐘の音が聞こえる
この音は数百年前と同じ響きだろうか
カラーン カラーン
青銅の鐘は柔らかい音色を響かせる
奏でられる福音をかつての旅人も聞いたのだろうか
先へと続く 日干しレンガのひび割れた歩道
その向こう側を横切るひとつの影
鍵尻尾の黒猫が琥珀色の瞳でこちらを一瞥して
くるりと翻ると更に奥へと消えていった
その足取りを追い掛けて
旧市街の入り組んだ古い道の奥の奥
そのまた奥に案内された旅人の背中越しに
姿は見えないが ニャア と優しい鳴き声
まるで まあまあもう少しゆっくりしていきなさいな と言っているような
ははは なるほど
こいつはこの街の小さな住人からのお誘いのようだ