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スレッドNo.5873

森を歩く ト短調op129−5  aristotles200

〈ソナタ〉
ただ沈黙、そして絶望を感じる
ひびが入り、壊れかけている心
敵を望んでいる
怒り、戦う、目的ができる

漠然とした不安
真綿で首を絞められる感覚
幸せが、指からこぼれ落ちていく
深くため息をつく、無為の時間だけが流れる

これが老いか
理性的でもなく、感情も起こらない
ニヒリズム、虚無が周囲を覆い伏せていく
あれほど輝いていた世界は、灰色へと変わる

私は何処にいる
何処に向かっている

四季それぞれ
初夏を迎え、森の緑は碧々としている
夕暮れ、穏やかな夕陽が森を紅色にする
何処か風が吹き、木々はざわざわと音をたてる

一人、森を歩いている
生命あふれる世界を、心を暗くして歩いている

ベートーヴェン、ピアノソナタ集を聴いている
映画のエンドロールのような感覚
普通が日常を覆い、昨日、今日、明日、…
私の出番は終わる、舞台は譲らねばならない

これが老いなのだろうか
光り輝く可能性は遠ざかり
灰色の、無為な時間だけが過ぎていく
私は誰か、何をしてきた人か
全てが、消えようとしている

〈スケルツォ〉
何かが埋没しつつある
今、歩いている
目に見えぬ忘却が腰のあたりまで積もっている
プールで歩く感覚、身体の何もかも重い

身体は病み、壊れつつある
私の経験、記憶、出会い離れた人々の顔
全てが、間もなく消えてしまうのだ
火葬場に立ち昇る無色の煙とともに

これは大団円なのだろうか
私は、ただ虚無に満たされている
疲れてもいない、眠たくもない
心が灰色に満たされている

喜び怒り哀しみ楽しみ、これらからの解放
この肉体は、今、滅ぼうとしている

「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」

光り輝いていた時代があり
充実の時を経て、人間のあるべき姿へ戻る
これは安心である
長い旅路を終えた旅人は、安らかに眠り続ける

思いを言葉に、言葉を重ねて詩にしよう
巡る、次の人たちへ遺そう
この灰色の世界を
後悔もない、ただ消える、大団円を迎えるのだ

〈ロンド〉
いつもの森を歩いている
気づくと、周辺に誰もいない

いくら歩き続けても、森は終わらない
夕暮れ、時たま強い風が吹き木々が音を鳴らす
もう、数日以上歩いている気がする
暗くなることはない、喉も乾かない

ずっと、無人の森を歩き続けている
家に帰ろうとも思わない
そうか、こういう世界に来てしまったのか
永遠に、このままも良いかもしれない

広場のベンチに人が座っている
ここに来てから数カ月、数年だろうか
初めての人の方へ向かう
白い服を着た人は立ち上がり、こちらを向く

不思議に顔は見えない、ぼかし画像のよう
こんにちは、と挨拶をする
こんにちは、男女区別のつかない機械音
ここは何処ですか

顔の見えない人はいう、何処でもありません
どうして、私と貴方しかいないのですか
それは、どうでも良いことではないですか
そうですね、といって私はその人と別れた

それからも、ずっと夕暮れの森を歩いている
たまに、顔のない人と出会い、挨拶をする
何となく、亡くなった父を思い起こす
それ以上の会話はなく、必要もない

いつもの森を歩いている
永遠に

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