戒厳令の夜 静間安夫
歓喜にあふれ
この大広場を埋め尽くした
大群衆は、いったい何処へ
消え去ったのか?
民主派大統領の当選に沸き返り
首都のあちこちが
熱狂の渦に包まれたのは
たった数日前のことではなかったか?
もはや、どの街角を見ても
歓喜と熱狂は跡形もなく失われ、
あとに残されたのは
かさかさと
うつろな音を立てて風に舞う
選挙戦のポスター、
そして
闇夜に不気味に光る
幾つもの戦車砲
ときおり
夜のしじまを破るように
銃声がこだまする―
きっと
路地裏に潜んでいる
民主派の活動家の摘発が
夜を徹して
続いているに違いない
民衆はみな
銃口を恐れ
家々に閉じこもっている
クーデターの部隊に連行された
大統領の安否は
依然としてわからない
「全国民に告ぐ。
○○○○年〇月〇日、
わが国の安全と治安維持のため
臨時政府が樹立された。
政府首班には
陸軍少将□□××が就任し、
全権を掌握」
軍に占拠された放送局が
今まで国民に伝えたのは
たったこれだけ…
それにしても
なぜ同じ歴史が
世界のあちこちで
繰り返されるのか?
プラハの春、
北京の春、
アラブの春、
どの春も
決して長くは続かなかった
この国にようやく訪れた春も
同じように
むなしく終焉を迎えるのか?
大統領選挙の勝利に
酔いしれたのも束の間
大国の後押しを受けた
野心家の軍人が率いる戦車部隊に
とつぜん自由の夢は踏みつぶされ
これから、いつ果てるともしれぬ
冬の時代、弾圧の時代が
始まろうとしている
それもこれも
この一世紀の間に
地球上で
繰り返して起きたことではなかったか?
古いモノクロの
ドキュメンタリーフィルムに
撮影されていたことが
ほとんど寸分たがわず
この国で
それも目の前で
再現されるとは…
なにゆえに
革命の夢は潰え去るのか?
なにゆえに
平等の社会は実現できないのか?
民主派の若者たちよ
どうか生き残ってくれ!
無事に国境の山岳地帯を越え
隣国へ逃れてくれ!
それが無理なら
首都のスラム街の奥深く
声を潜めて身を隠せ!
決して無駄死にするな!
そして
わたしはこの国に
踏みとどまろう―
潜伏して
一介の物書きとして
繰り返される愚行と
それでもなお
消えることなく
人々の心のうちに燃え続ける
自由への希望を書き留めよう―
時が満ちるまで