泉の長い角 温泉郷
長い角を生やして
かき分けて
進むことは
ここでは無理だ
駅を降りた人波は
大学とオフィス街へ向かう
視線はやや下方を向き
均一の速度と密度
維持された軌道と
守られた意識
駅に向かって
逆行するわたしは
視線は高く保つしかなく
接触や衝突を避けて
微妙に軌道を調整し
孤独な緊張で
通り抜けていく
わずかな隙間と間隙を
見極め 抜けていく
モーセのように
波が譲ることは
決してない
直前の険しい目が襲う
ああ これでは
夢想できない
通り抜けるという
単調な作業
わたしは
長い角を生やしたい!
くるりと
向きを変えて
波に合流する
前にも
横にも
斜めにも
安定したリズムと呼吸
視線は自然に下がる
ただ
歩けばいい
幻を見てもいい
あの不思議な
ラストシーンの
砂漠の泉
水を飲みに来た
やせ細った
オリックスの長い角
幻の長い角
ふとみると
誰もが みな
長い角を生やしていた
わたしも
長い角を生やして
群れの先にある
静寂の泉へと向かう
(注)映画「ナミビアの砂漠」のラストシーンより