人間 相野零次
なんにもない 全て どこかに置いてきてしまった
僕は今 地球のどの辺? わからない 僕は人間じゃない 言葉だけの存在だ
手も足もない 身体もない首もなければ心もない ないないづくしで何も書くことがない
ないという言葉で存在している ないというのとあるというのが完全に一致している
だから僕はここにいる
誰かを見ている 必死に生きる彼らを見ている
何かが生まれる 彼女を見ていると何かが生まれる
心だ 感情が生まれる 感情こそ人そのものだ
僕は今 生まれたのだ 人が僕を生かしたのだ
まずどんな感情が生まれたのだろう 愛おしいという感情だ
一生懸命がんばる彼らに 微笑む美しい彼女に 羨ましさを覚えている
妬ましさも湧いてきた 悔しさとやるせなさ 仲間に入れて欲しいという渇望
僕は紛れもない人間だったのだ
今そのことに気づかされた ようやく悟ったのだ
人間として僕は生きなければならないのだ
二本の足で歩いて
二本の手で掴み
首を回して辺りを見回し 状況を把握して最善を尽くそうとする
それが人間だ それが僕だ 僕という一人称が生まれたことにより 僕は世界の一部となった
有象無象の中の一人となった
一羽ではない一人だ
一輪ではない一人だ
一人となったことでみんなが生まれた
みんなのなかの一人となった 孤独という概念が生まれた
僕は今孤独だ 夜だ 今は夜だ
時間という概念が生まれた 僕は人だから年老いていく
今日から明日 明日から明後日 そして一週間 一か月 一年 年老いていく哀しみと喜び
四季も生まれた 春夏秋冬 世界は人を正しくそこへ住まわせる
人間が生きるにふさわしい世界を 世界を作り上げている
誰が? 誰が作ったというのだろう この地上を あの青空を 水平線を
海にはさまざまな生物が生きている 魚や虫も人間の祖先だ
小さな小さな存在からだんだん大きくなって 小さくなったり大きくなったり
愛を戦いを繰り返して 気の遠くなるほどの歳月を経て ようやく人間が生まれたのだ
長かった とても長かった 僕はようやく人間として生まれたのだ そして旅立たねばならない
いつまでもここでじっとしていられない
人間として何かしなければならない その使命とは?
それはまだわからない わからないことこそがこれからの僕の課題だ
わからないことに答えを出していくのだ そのために脳があるのだから
遠回りしてきた 何十億年もそして生まれた僕
一人の人間の寿命は百年にも満たないかもしれないが
受け継いでいくことによって何千年にも何万年にもなる
人がいつ人でなくなるのか 人もいつかいなくなる だって地球にも寿命があるのだから あと何億年かしれない
そのときには人という種は絶滅しているかもしれない それらすべてが人の科学という妄想かもしれない
僕には何も証明できないから これ以上語るべきことはない
僕はただ 今日を終えて明日を迎えるだけだ 何もなかった だが 何かあった 僕は人間だったのだ