鱒 上原有栖
今まで
(そうね それは)
見せたことが無い
(恥じらいを知った頃から)
秘密の場所なの
(ずっと隠していた)
心ヶ淵
(秘密の場所なの)
その暗がりに
一匹の魚が棲んでいて
僅かな光が入り込む水の底で
魚影はしなやかに翻り
次の瞬間には気持ちの良い伸びをする
銀色にもみえる
鈍色にもみえる
大きな 鱒
天の川を散りばめたような斑紋と
闇を切り裂く流線形が
美しい 鱒
他人に姿を晒すのは稀だ
いつから深淵の主となったのか
誰も知らない
わたしも然り
この先もほとんど人の目に触れず
生きていくのだろう
なにも心配することは 無い
昔も今もこれからも
わたしの心臓が動く限り
鱒は泳ぎ続ける
忘れられた頃に
暗い水面を尾鰭で弾いて
心ヶ淵に波紋を拡げ
その存在を知らせる 唯それだけのこと