深夜の能舞台 温泉郷
都心の空き地
四角く何年も放置されている
売地の表示も何もなく
ただ
フェンスで囲われている
人が立ち入ることのない
この空き地に
酷暑の太陽
フェンスには
白い小さな花を付けた
嫌なにおいの
ヘクソカズラ
フェンスの中は
セイタカアワダチソウが
奥に行くにつれて
高く繁るが
外側までは進出できず
ここからは
背の低い植物群が
人に踏まれながら
懸命に広がる
ツタバウンランやトキワハゼが
ぎりぎりの際で
小さな花を咲かせている
家屋 病院 店舗 アスファルト
包囲され 孤立した空き地
植物の贅沢な占拠
に見えるが
周囲には土も砂もない
ここだけが
彼らの舞台
夜になると
空き地の様相は一変し
植物の臭いと
幽霊のような
黒い影が泳ぎ
草のざわめきが
人を遠ざける
深夜の能舞台が始まる
そこでは
植物たちが
自らの短い物語を語り
この地の将来を憂い
冬枯れの
幕間に見た夢を披露する
風にゆられて
草も花も
ゆっくりと歩を運ぶ
観客は
捨てられて久しい
2台の錆びた
自転車だけ