あやめも知らぬ恋 上原有栖
時鳥(ほととぎす)
鳴くや五月の菖蒲草(あやめぐさ)
あやめも知らぬ恋もするかな 詠み人知らず
───古今和歌集 巻十一 恋歌一
***
この頬の熱さは地球温暖化のせいじゃない
初めて人を好きになった夏
この気持ち どうすればいいだろう
どうにもこうにも
集中力が続かない
黒板の文字が白い素麺に見えてきて
先生の話はまるで坊主の読経だ
これは秘密だけど
机にうつ伏せたフリをして
顔は左に視線は君に
斜め後ろから幾らでも眺められるここは特等席
***
気の抜けたチャイムが鳴って
ホームルームもおしまい
明日からは夏休み
担任からの忠告は
くれぐれも羽目を外しすぎないように
それだけ
ばいばいまたね
それぞれクラスメイトたちは
軽やかな挨拶を交わし
夏の空に飛び立っていく
新学期に会おうね
そう言って君も笑って手を振っていた
***
外の暑さはやっぱり地球温暖化のせいだ
去年の夏はもっと涼しかったよ
暑さと熱さで頭が痛い
君と逢う理由が欲しいから
デートに誘いたいけれど
そんなに上手くいくわけない
先ずは お友達から始めましょう
あやめも知らぬ恋をして
僕も夏も
否が応にも熱は高まる
甘くて苦いの
ひと夏の恋煩い
*********
※冒頭の和歌に関して
・ほととぎす~からの上の句は下の句の序詞となっています。
・「あやめ」文目=物事の道理や分別の意。
恋というものは物のあやめが覚束無くなるほどのものである。
・道理では説明出来ないほどの本能的な恋を、夏鳥ほととぎすの恋心をもった鳴き声と、
香しいあやめ草の香りを掛けて詠んでいます。