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スレッドNo.6036

二十五歳になった夏  樺里ゆう

二十五歳になって数日後
母から電話があった
私もよく知る母の友人からの紹介で
私に縁談が来ているという
双子で同い年の姉は今 東京で学生をしているから
社会人である私が宛がわれたらしい

思いもよらぬ方向から
ぶん殴られたみたいだった

相手の年や仕事や容姿なんかを
電話口で母が伝えてくるが
私はただ逃げ出したくてたまらなくて
母の声をどこか遠くに聞いている
その中で
相手が言っていたらしい
「父とやっている家業を少し手伝ってくれれば
 あとは自由にしてていい」
「仕事は続けてもいい」
という言葉を聞いたとき
私はもう ほんとうに嫌になって
涙が出そうだった

「続けてもいい」って 何?
相手は広島 私は出雲で それぞれ働いていて
お互いに確立された生活があるのに
どうして 向こうが住まいも仕事も変えないまま
私だけが 根こそぎ 何もかも変える前提で話すの?
新卒から三年続けてきて
自分の稼ぎで自分を養えているこの仕事は
すぐにでもやめられそうな おままごとみたいなものだと
そう思われてるの?

「話があるうちが花よ 
 いつまでその生活を続けられるかはわからないでしょ」
と母は言った

それなら 母は
私が相手の家に移り住み
彼らの世話をして 家業を手伝い
夫の許可という名の施しを受けて働きに出る
そんな生活をするようになれば安心だというのか
それは
私の身体(からだ)と尊厳と人生が搾取されることと
何が違うというのだ

母さん どうして
私の風切羽をもぐような話を
母さんが私に持ってくるの?
私は高校時代からずっと 一生結婚はしないと
何度も何度も何度も宣言してきたのに
そのどれ一つ
私の本音として受け取ってはくれなかったの?
どうして どうして どうして……

電話を切ったあと
私は床に座り込んでしばらく泣き続けた
そして泣きながら思った
ああ 次に生まれ変わるなら
じゃがいもかプラナリアになろう
無性生殖で繁殖できる生き物になろう
無機物でもいい
とにかく人間でなくて
単一で完結できる存在ならば……

結局
母は縁談を断ってくれた
流れた話はまたすぐに
別の誰かのもとへ運ばれていくんだろう
そんなものだ どうせ

そんなものなんだろうけど
それを瑣末なことと笑い飛ばせるほど
私はまだ強くなれない

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