蛇 静間安夫
おっと!
今朝もまた
出会ってしまった
このひと月くらいで
三回目とは…
もうすでに
強い夏の日差しが
降り注ぐ中
アパートの外階段の降り口を
ゆったりと這い進んでいる
出勤しようとするわたしを
見送ってくれるつもりなのか
ふと、鎌首をもたげて
こちらを振り返り
糸のように細いピンク色の舌を
ちょろちょろと
出したり
引っ込めたりしている
でも、どうやら
見送りの挨拶では
なさそうだ―
わたしが餌でもないし
危害を加えそうでもないことを
確かめただけなのだろう
やがて
無関心な様子で
植え込みの陰に隠れてしまった
だが、アパートを出て
最寄り駅まで歩きながら
妙に気になった―
今しがた出合った蛇が
かなり大きく見えたから
これまでアパートの敷地で
見かけたのは二匹とも
もっと細くて短くて
鎌首も小さくて…
たしかに一丁前に
とぐろを巻いて
蛇には違いなかったけれど
今日のやつは
それに比べると
ずっと太くて長くて
いかにも蛇らしい!
性格のおとなしい
アオダイショウだとは思うけど
朝日を浴びて
鱗が鮮やかな銀色に輝いている様子は
何かしら風格があって
悠然としていた
いや、美しいとさえ
言えるかもしれない
待てよ、
複数の個体がいるとすると
誰かが飼っているのが
たまたま逃げ出してきた、
とか言うのではなく
このアパートか、ごく近辺に
蛇が棲みついた、ってことでは
ないだろうか?
そう言えば、最近
ネズミをさっぱり見かけない
前はよく出没したのに―
あのアオダイショウが捕まえている、
と考えると辻褄が合う
それにしても
こんな都会の住宅密集地に
よりによって蛇が棲みつくとは…
田舎の田んぼとか
川原で見かけるのとは
わけが違う
けれども案外
ありそうな話かもしれない
なぜってこの十年程
住宅地とは言いながら
めっきり空き家が増え始め
この辺りでは
七軒に一軒は
人が住んでいないそうだ
アパートの周りでも
まるで櫛の歯が欠けるように
空家が目立ち始めて
ただでさえ侘しい裏街が
いっそう寂しく感じられる
防犯上もよろしくない
しかし
人のいない家が増えるのは
悪いことばかりとも言えない
なぜなら
そうした家々は
思うさま雑草が生い茂り
庭木が繁茂して
周りの道路にまで
覆いかぶさっている始末だが、
逆に、
昆虫やトカゲなんぞにしてみれば
格好の棲家になるだろう
そのせいか
このところ
少年時代以来、ほとんど
お目にかかったことがなかった
アゲハ蝶や大きなコガネムシを
目にする機会が
けっこう多くなった―
つまり
「自然」が戻ってきたのだ
なんと、生き物とは
逞しいものだろう
いや
戻ってきたどころではない―
それ以上だ!
なぜって
蛇までやってきたのだから
かつて少年の時
昆虫やカエルが
大好きだったわたしが
アオダイショウを見つけたとたん
童心に帰って
こころを躍らさないわけがない!
定年まであとわずか
という年にもなって
大人げない、と笑われそうだけど
老境に差し掛かった今だからこそ
こうした生き物たちに
エネルギーと逞しさ、そして美しさを
強く感じるのかもしれない
それはさておき
蛇という生き物は、
きれい好きで
清潔な場所を好むそうだ
わたしの住んでるこのアパートは
築四十年を超える代物だが
大家のお婆さんが
しょっちゅう掃除をして
ずいぶんときれいにしている
そのせいもあって
蛇に気に入られたのかもしれない
周りに空き家が
増えているのと同じで
このアパートにも
空き部屋がかなりある
どうだろう―
蛇がいることを売り物に
入居者を募集してみては?
だいいち
ネズミはいないし
清潔だし
それに蛇がいるのは
縁起がいいってことだし
それに今年は巳年だし…
大家さんに言ってみようかな?
いや、ダメダメ、やめとこう
世の中、たいていの人は
蛇なんか真っ平ごめんだろう
わたしのような変わり者は
別として…
そんな宣伝したら
逆効果になるに違いない
それこそ
「やぶ蛇」
というものさ!