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スレッドNo.6061

サボテンと秋を待つ  温泉郷

手記出版のお祝いにと
母がもらった
シャコバサボテン
水と液肥だけで
20年
生きてきた

朝鮮半島から
引き揚げてきた
幼い母
遺体に群がる
無数の虫
雪の上に残る
黒い人影

「これの世話だけはお願いね」

ほかの植物は
すべて人に託し
サボテンだけを残して
母は町を離れ
施設に行った

たまに
片付けにくるだけの私は
水やりを忘れないよう
サボテンは
ベランダから
玄関のポーチに

多忙と焦燥の酷暑
久しぶりに行くと
サボテンの葉が
白くなり
鉢の土に届くほどに
垂れ下がっていた
それは
誰かの代わりに
身を絞る乾きを
耐えているようだった

蘇生の水と薄緑の液肥
毎週の懺悔の儀式

しばらくして
サボテンの葉は
ピンと上向き
緑を取り戻した
しかし
緩んだ姿のまま
元にはまだ 戻らない…

水は砂の間をめぐって
根にしみ込んでいく
肉厚の葉は
命の やわらかさ
命の 無言の抵抗

誰も鑑賞しない
サボテンは
玄関で淡々と
何かをまとって
生きている

サイレンと黙とうの夏
サボテンの
あの白かった葉
その揺らぎ
その乾きは
ずっと刺さったまま

母にはまだ何も
話す勇気がなく
サボテンとともに
静かに秋を待つ

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