石礫のうた 人と庸
今日は赤い月
湖(うみ)は濃紺
昼間には見えなかったものが
だんだん見えてくる宵の道を
不機嫌なきみを乗せていく
わたしはほんとうは知っていた
鉛のような雨粒が
きみの部屋の壁に穴をあけ
穴の中には
「おまえがわるいんだ」
と書かれていたことを
だからわたしは
山に行こうと思った
海にも行こうと思った
でも道のないところへ行くのは
どうしようもなくこわかった
(すべての人は道のないところから来たのに)
※
道のある町を歩いていると
見慣れた景色の一部が切り取られて
砂利が敷き詰められているばかり
そんなふうに 誰かの退出を
とつぜん知らされることがある
そこも「道のないところ」だったのに
誰かがそこから来て
そこへ帰っていくという場所だったのに
石の礫は手から放たれ
誰かを傷つけ地に落ちる
それが積もり積もったところがここなら
ここにいた人は解放されたのか
(隣の家の住人は 朝から道を掃いている)
※
少し動けば汗をかく
今日もろくな献立が浮かばない
毎日同じ道を走り
毎日同じ人に会う
(「つましく暮らすつまらぬ人間だからこそ かけるものもあるでしょう」※)
つましく暮らすつまらぬ人間は
ほらここに たくさん落ちている
石礫のような人間の
石礫のような生活は
それでも色彩にあふれている
たとえば
積もり積もった石くれのすき間から
あおい草が萌えいでる
今日も赤い月が出て
今日も湖は任意の色をしている
山際の空はゆるし色
ゆるしたいのかゆるされたいのか
今日も
不機嫌なきみを乗せていく
※ドラマ「広重ぶるう」の竹内孫八の台詞を元にしていますが、本詩に合わせて少し変えています。