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スレッドNo.6109

蜘蛛  静間安夫

夜が明け初めるころ
未だ街々が夢の残り香に
囚われているとき
すでに、おまえは
たぐいまれな工芸品の
創作に余念がない

クチナシの木陰の
清浄な大気の中を
空中ブランコの乗り手よろしく
あちらへ行ったり、こちらへ来たり…
せっせと仕事を続けている
―きっと、知っているのだろう
今日は晴れて
雨の心配のないことを

おまえは
小さな身体で
いそがしく
身軽に動き回りながら
自分の身体の
何十倍もの大きさの
タペストリーを編み上げていく

やがて
張り巡らされた糸の模様が
夏の朝日を浴びて
くっきりと浮かび上がり、
キラキラと輝き始める
―もうすでに
光の芸術だ

だが
ここで、わたしは
ふと疑問に行き当たる

こうして
丹精込めて
いささかの手抜きをすることもなく
仕上げられ
あたかも美の女神に
ささげられたような
この作品は
なぜ、ただひたすらに
鑑賞するためのものではないのか?

なぜ、この繊細な織物が
同時に
巧緻を極めた残酷な
狩猟の道具であり得るのか?

やがて
アゲハチョウやトンボが
不注意にも
この透明な繊維に
羽や脚をとられ
ひきはがそうと
必死にもがく、そのとき

それまで
ただじっと
タペストリーの中で
修行僧のように
穏やかに待ち構えていたおまえは
突如として
その雰囲気を豹変させて
凄腕の殺し屋の本性を
剥き出しにして
不運な獲物に襲いかかるのだ

おまえが創り出した作品だけではなく
おまえ自身が持つ
この解き難い矛盾は
わたしを悩ませる

果たして
おまえは芸術家なのか?
それとも無慈悲なハンター?
あるいは
自然の理の全てをわきまえた
賢者なのか?

そうして
わたしは
美しい罠にかかった
犠牲者たちの遺骸を
あらためて振り返り
このように
悟らずにはいられない―

自然の産み出すものに
意味のないものはない
いかなるものも
残酷なまでに実用的で
無駄がなく
それゆえにこそ美しい、と

編集・削除(編集済: 2025年08月25日 13:48)

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