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スレッドNo.617

竹藪  Osada


夜明け前の坂道を登って行く
白くぼんやりとした後ろ姿
幼い私の行く手には
鬱蒼と生い茂った竹藪がある

洞窟の黒い口に誘われるように
私は竹藪の中の道に入って行く
竹は両側から頭上を塞ぎ
笹の葉が微かな風に揺れている

  さや さや さや
 さや さや さや
  さや さや さや
笹の葉の音が頭上を舞っている
暗がりの中を歩いて行く

と思ったら
いつの間にか私は
鉄橋の上を歩いていた

乗り物の絵本で見た鉄橋が
竹藪の道と同じ進行方向に重なり
トラス構造の橋桁が左右に続いて
茶色い鉄骨の間のあちこちから
笹の葉の尖った先端が覗いている

  さや さや さや
 さや さや さや
  さや さや さや
歩き続けているうちに
辺りがだんだん明るくなってきた

私は朝の目覚めを迎えた
尿で湿った布団の匂い
覚えている生まれて最初の記憶は
洞窟のような竹藪と鉄橋の夢と
私の夜尿を嘆く母の声だった

やがて小学生になると
学校の教室や 家に一人でいる時に
私は夢の続きを想像した

竹藪の中の鉄橋の道を歩き続けて
それらを通り抜けると
視界が大きく開けて
頭上に青空が広がっている
向こうに島の山と段々畑が見える
その麓に私の小学校があるのだ

大人になってからも
夢の続きを想像することがあった
島の山は見知らぬ街や都市に変わり
青空には真昼なのに
無数の星々が輝いている

そんなヴィジョンを最後に
夢の続きを想像することは無くなった

しかし あの湿った布団の匂いと
母の声と 幼い罪障感の記憶は
竹藪の暗がりに似た意識野の片隅に
今もひっそりと存在している

  さや さや さや
 さや さや さや
  さや さや さや

道路の造成工事で
随分小ざっぱりした姿になったけれど
竹藪は今も郷里の島にある

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