海原の約束 白猫の夜
学生時代の日記を手に持ち
記したとおりの浜辺を歩く
すこし欠けた月の昇る
そんなよくある夜明け前のこと
断捨離ついでにひらいた日記に
書かれていたのは海原の約束
思い返しても記憶にないので
書かれた通りの浜辺にひとり
夜明けの前に来た次第です
暗い浜辺はこんなにも静か
昼の喧騒とは遠い場所
あの頃のわたしは一体ここに
何を残して去ったのでしょう
誰と約束をしたのでしょう
ぽつねんと
黒々とした海を眺めて
街では消えた夜空を眺めて
段々と思いだしたあの日のこと
こっそりと窓から抜け出して
この海に来たあの夜のこと
ここに座って海原を眺めて
海の色が変わるのを
じっと……じっと見続けて
……わたしは何を思ったのかしら
ちかりと何かが光ったような
そんな気がして
諦観していた今の私が
ふわりと前を向きたがっている
そんな感じがして
ふと目を向けた水平線の向こう
今日の宵が深くなった一瞬
真っ暗だった海が一面
星々の煌めきを水面に映した
途端眩い光が見えて
瞬きのうちに橙に染まる
それは蝶の鱗粉が舞うように
まるでダイヤモンドダストのように
きらきらと輝く海原でありました
静かに いっとう静かに息をひそめて
感嘆とともに眺めていると
あの時は忘れていたかった
わたしの心が帰って来たのです
今日の涙はここへ置こう
明日のことは分からないから
今日より良くなると信じていこう
たぶん きっと 私は戻る
今日を迎えにここに来るから
その時までに受け止める準備を
整えておくから 約束ね
もう一度私がここへ来たら
わたしが流した最後の涙を
きっと私にかえしてあげてね
つぅと流れる涙の雫
ふっと肩の荷が下りたような
そんな気がして笑ってみました
相も変わらず息はしづらい世の中で
空しくなれども時は進む
けれど きっと
明日は明日の夜明けが来るので
それを楽しみに生きて行こう
涙を流したい時には再び
この海原を見に来よう
思い出の日記を手に持って
思い出の浜辺に寝転んでみる
水平線から朝日が昇った
そんなよくある夜明けのこと
そんなよくある日々のこと