嘘つきキツツキ 晶子
誰かが枯れ井戸に落ちる音がした
僕は駆けつけて覗き込んで言った
「大丈夫?」
「大丈夫」
元気がないけど声が返ってきた
助けなくちゃと紐を垂らした
「元気出して」
でも短過ぎたみたいでその子には届かなかった
もう少し長くしようと思って
「君は優しい良い声をした良い奴だよ」
と言ったけど
それでも届かなかった
「ぼくはきみみたいなやつとであえてしあわせだよ」
やっぱり届かなかったけれど
その子はクスッと笑って
「俺たちまだ会ってないだろ」
と言った
これはもう何が何でも助けなくちゃと思って他所から借りて来た
「ちからをもいれずしてあめつちをうごかしめにみえぬおにがみをもあはれとおもはせをとこをむなのなかをもやはらげたけきもののふのこころをもなぐさむるはうたなり」
でもその子が紐を握ることはなかった
僕は少し疲れてしまって
井筒にもたれて
話続けた
風のこと
匂いのこと
好きな子のこと
嫌いな子のこと
今日のこと
昨日のこと
井戸から出てきた時のこと
話疲れて
最後の方は
ただ側にいることを伝えたくて
井筒をトントン叩いてた
「君はキツツキか」
その子が聞いたから
「あぁ、そうだよ」
と答えた
「だったらここまで降りてきてくれよ」
「それは無理だよ、横にしか飛べない」
と僕は答えた
それから声は聞こえなくなった
もしかしたら手を伸ばしたら
神様が頑張りを認めて
届かせてくれるかも知れないと思ったけれど
滑って僕まで落ちそうになったから
僕は家に帰った
もしかしたら井戸の中では
横穴が出来ていて
そこからあの子が出て来られて
声がしなくなったのなら
そうだったら嬉しいな
※ ちからをもいれずしてあめつちをうごかしめにみえぬおにがみをもあはれとおもはせをとこをむなのなかをもやはらげたけきもののふのこころをもなぐさむるはうたなり
『古今和歌集 仮名序』より引用