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スレッドNo.6219

フォレスト  上原有栖

 「一緒に向こうに行きましょ?」

後ろから聞こえる優しい 声
僕が振り返ると黒髪の女性がこちらを見ていた
彼女が指差すのは向こうに生い茂る 森
僕はいつも彼女から声をかけられる

「知らない人にはついていっちゃいけないって母さんから言われてるから行かない
それにあの森には魔女がいるって聞いたよ」
僕は相手を見つめながら早口で言った

 「そっか」

彼女は微笑んで
森の中へとゆっくり歩いていく
僕の事は諦めたようだ
その姿を見送ってから僕は学校へ向かった

******

僕はお母さんとふたり暮らしだ
昔はお父さんも一緒に住んでいたけれど五年前に出かけたっきり
帰ってこなかった
それからお母さんは僕に辛く当たるようになった
文句を言うだけならマシな方で時には暴力が僕を襲った

でも学校から帰ってきた僕を見るなり母さんはいつも泣くんだ
 ごめんね ごめんね 
 さっきは叩いたりしてごめんね
 嫌いにならないで 嫌いにならないで
 私にはあなただけしかいないの許してちょうだい
そう言いながら僕をぎゅっと抱きしめていつも咽び泣くんだ
だから僕も母さんを優しく抱きしめて言うんだ

「分かってる大丈夫だよ ねえお腹が空いたよご飯にしよう」

そしてまた次の日になると母さんは同じように大騒ぎをする そんな日々が延々と繰り返された

******

ある日帰宅すると僕を見つめてお母さんが呟いた
 
「あなた黒髪の女に会ったの?」

僕は何も言わず頷いた
次の瞬間頬に鋭い痛みが走った 叩かれたんだと気がつくのに時間がかかった

 「あの女は魔女なの!悪い魔女なのよ!あの女がお父さんも連れていったの!」

お母さんは狂ったように叫びながら僕に暴力を振るった それは永遠に続く悪夢のようだった

******

気がつくと朝になっていてお母さんはもう出かけてしまったようだ
ヒリヒリと痛む頬を擦りながら僕は通学路を歩いていく

 「一緒にあっちへ行きましょ?」

後ろからまた優しい声がする
振り返るといつものように黒髪の女性が立っていた
彼女が指差す方向には魔女が住むという森が━━━

 僕は考える━━━━━

お母さんと黒髪の女性 魔女なのはどちらだろう
僕はしばらく何も言わず彼女を見つめていたけれど
ニコッと笑ってゆっくり手を差し出した
それを見た女性もクスッと笑って僕の手を握った それからふたりは何も喋らず歩いていく
木々生い茂る森へ 黒い森の中へ 
ふたりは歩いていく
森の木々たちがザワザワと恐ろしげな音を立てている吹き付ける風が沢山の枝を揺らしている
その音はまるで僕のことを呼んでいるようだった

そのままふたりは手を繋いで深く暗い森の中へ消えていった
その日から通学路を歩く少年の姿を見かけた人はいない そして黒髪の女性も消えた
少年がそれからどうなったのか黒髪の女性はいったい誰だったのか もう誰も知ることができない

******

その後この辺りでは独り言を呟いて彷徨う女性が現れるようになったという
彼女は道を子どもがひとりだけで歩いていると奇声を上げながら追いかけてくるらしい
やがて人々はその女を黒い森の魔女だと噂したのだった 

編集・削除(編集済: 2025年09月19日 07:04)

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