蚊刺され坂 温泉郷
蚊は人の
憂き心をいただき
人は
痒みと引き換えに
憂き心をしばし忘れる
ここは
交歓の坂
右側に広がる庭園
ここで
蚊が生まれ
心ここにあらずの人から
卵の糧をいただく
妻が名付けた
「蚊刺され坂」
夫が刺され
妻が笑い
妻が刺され
夫がからかう
憂き心で
刺され
警戒心で
躱(かわ)す…
母なる蚊
決して奢らず
感謝の祈りで
産卵場所を探して
夕闇に
か細く消えていく
見送る妻
見送る
生まれることの
なかった子…
熱に焼かれたのか
母なる蚊―
今年の夏は
飛んでこない
痛めた心
想い出したのか
妻は遅れて
坂を上り
夫は
振り返ろうか
迷いに迷い
坂を上る