あなたは私の記憶 佐々木礫
あなたは私の記憶。
あなたは私の感傷。
ある晴れた日の雪国の草原。
空白の思い出と、白い腹、汚れた爪を持っている、あなたは痩せた狼。
太陽光の道の中、舞い落ちる影がちらついて、
何かと思い見ていると、鼻先に何やら尖ったものが降って来た。
臆病なあなたは驚きのままに、地に落ちたそれを引き裂いて、噛み千切る。
血肉よりもっと、命と価値と無味乾燥とが入り混じる独特の味に、強固な心臓がひどく痛んだ。
その耐え難い痛みに、
ひとりでに溢れた涙を飲んで、
見上げた青空の中に翼を広げる。
艶のある茶色の羽毛、力強い羽ばたきを持っている、あなたは大きな渡り烏。
水平線の湾曲を眺めるのと同じ瞳で、
小さな獲物の、些細な動向を捉える。
時期が来れば、海の向こうの、遠く離れた大陸へ向かう。
あなたが隠した昔の宝物を探しに飛び立つ。
旅の道中、
深い夜空の奥の方を、少年の目で覗き込み、その宝物の断片を見る。
白く小さな肩、口元に伸びる横髪。
その滑らかな肌の弾力と薄い唇の赤味。
お菓子の箱の中に入った彼女からの手紙、
それを読んだ後には、
はしゃいで夜道を駆け回った。
蝉の鳴く夏が訪れる前夜、
彼女の手があなたの首に触れた日、
「冷たいね」と言う彼女の揺れる瞳。
そこに吹く夜風。
あの後あなたは、
彼女の手紙で紙飛行機を折って、
いつか餓えた狼の鼻先へ、
広い海を越えて届くように、
連想の気流を整えてくれた。
あなたの感傷、「いつか忘れる」という確信を、あなたは文字の断片として手帳に刻んだ。
私はあなたの記録。
――私は白い狼、ひとりでに涙し忘れることを願いながら苦しむ。彼女と長くは居られないだろう。なぜなら私は渡り鳥。私はきっと遠くへ行く。彼女とここには居られない...――
迸る愛を語るよりずっと大事なことを、あなたは知っていた。
生成される記憶と、
古びた記録の循環にあって、
私はあなたを決して忘れず、
あなたは私の痛みを思い続ける。