霧の朝 ゆづは
六度目の
金木犀の香りが窓に触れる
私はあの日に漂うように
歪んだ窓枠の隙間から
記憶は細かな塵となって零れ
掬おうとする指をすり抜ける
最期の吐息のような軽さで
あの朝 私は
深い霧の底で息をひそめていた
世界は輪郭を失い
庭の木々も 鳥の声も
ただ白い静寂に包まれていた
秋の気配が肩を撫で
遠く どこかで歌声が響く
それは 父の声のようで
それとも誰かの記憶の残響だろうか
混ざり合って 区別がつかない
病室の夕闇に溶けた
掠れた声の色は
私の中の霧にかすんで
ぼんやりとしか思い出せない
傍らにあった温もりは
冷たい壁の奥へと沈み
ただ 空だけが
いつもの場所で
違う色を滲ませている