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スレッドNo.6347

訪問  トキ・ケッコウ

ユウウツと名乗る彼が訪ねてくる
俺は自分の難しい名前がいやなんだと
おまえさんといる時はカタカナになるよと
まだ開けてないドアの隙間から声になって滑り込んでくる
そうしてかなり大きめのボリュームで
あることないこと勝手気ままにしゃべり出す
でもその日のユウウツは違った
入れよと声をかけてもドアの外だった
仕方なく開けてやると
「笑ってくれ」と言った
出し抜けになんだよ
そもそもキミは笑ってないじゃないか
それこそ笑えない話だろ? と言うと
ああ俺はもうどこかへ消えてしまいたいんだ
そう聞こえるか聞こえないかの声で言った
これにはすっかり参ってしまった
それじゃあ誰のために悲しんだり怒ったりすればいいのだ?
キミのおしゃべりの軽くてどうでもいいところが
つい誰かを非難したくなる時にはちょうど良かったのにと
そう言ってやろうとしたが今にも泣きそうな声を出すので
わかったもう中に入ってくれ
これを渡しておくからとわたしはユウウツに鍵を渡して部屋を出た
それが始まりだった‥‥いまはわたしが彼のところを訪ねにゆく
ユウウツはいつの間にか「鬱」と書かれた表札を掲げた
ノックすれば開けてはくれるが決して中に入れてはくれない
おまけに迎えに出てくる時の彼はわたしよりよほど元気そうな声で
今日はどこに泊まるんだ? などと要らない世話を焼くようなことを言う
でもいちばん厄介なのは去るときだ
扉が閉まるとかちゃっとやや後ろめたい調子でカギのかかる音がする
それが聞こえるとドアの向こうはまるで壁のように静まり返る
ここに彼が住んでいることなど表札の難しい字を読まない限りわからない
もう訪ねなくてもいいはずだし
だいたいここはもともとわたしの部屋だったと
いやそういうことは抜きにしてそもそも他の誰が訪ねて来たっていいのだと
背中を向けて歩き出す瞬間
そうかわたしはなんとかして元のユウウツに戻ってもらいたいのだと
そうしてまたあいつを笑わしてやりたいのだと
余計なことをしているのは
この妙に気楽なふりをするわたしのほうだったと気づく

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